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R氏からの連絡

2017年08月30日

8月30日(水)

一昨日、Kという人から電話が掛かってきた。ネパールのR氏が今日本に来ていて、私に連絡したがっているというのである。数回のやりとりの後、ようやくR氏と電話が通じた。R氏は写真家のM井さんの知人で、私もムスタンでは大変に世話になったが、M井さんが亡くなると共に音信が途絶えていた。話をするのは、およそ15年ぶりである。用件は写真であった。

「去年久しぶりにカトマンズに行ったよ」

「じゃ、どうして連絡くれなかったんですか」

「連絡先が分からないから」

まあ、こんな調子であったが、R氏は、私が時々思っていたのとは違い、元気な様子であった。どこへ行くのも、結局は人間関係である。今度、といっても、最近の忙しさでは、いつになるか見当も付かないが、カトマンズで会うのも悪くない。


R氏と言えばM井さんである。今でもふっと、あの人はグルメだったなあ、などと、カトマンズやムスタン、あるいは東京でのエピソードが頭に浮かぶことがある。そのほとんどが愉快な思い出だ。東京で開かれた49日の法要には参列して、挨拶もしたが、以来、線香の1本も上げに行くことができないでいる。同じ事は、Fさん、Oさんについても言える。

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誰かがサズを

2017年08月23日

8月24日(木)

真夜中に目が醒め、ごそごそしてしまうことが続いた。学会が近づいているから、と原因ははっきりしている。最初の晩は2時過ぎ。大学に行く訳にもいかないので、止めた方がいいと思いつつ、台所に下りて、冷酒を傾けながら本を読んだ。ついでにテレビをつけると、始まったのが「みんなの歌」の「誰かがサズを弾いていた」。


眠れ 眠れ 子羊たちよ(…)旅から旅の物語 夢の中で聴かせてあげる


まったく知らない歌であり、歌手だったが、哀愁を帯びた歌声と民族楽器サズの音色と共に、アニメーションも秀逸だった。これは再放送で、ヤドランカというこのサラエボ出身の女性はもう亡くなっているらしい。勉強の合間にときどき聞いている。

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*22日夕刻。


梵恩舎にランチを食べに行って、「サズ」って知ってる?と聞くと、たけしさん、こともなげに「あ、知ってますよ。ウズベキスタンに行った時に、いいサズがあって…」。この分野にかぎって、この人の知らないことはないようだ。


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地ビールがいっぱい

2017年08月21日

8月19日(土)

長女夫婦が「伊豆高原ビール」のセットを贈ってくれた。


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おっ!


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おおっ!!


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こいつはたまりません。いただきまーす!

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インパール

2017年08月16日

8月16日(水)

昨夜早めに曼荼羅荘に帰ったら、インパール作戦のドキュメンタリーをやっている。一応最後まで見てから就寝したが、不快さで熟睡できなかった。


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*バングラデシュ、コミッラにあるマイナマティ戦没者墓地には、インパール作戦で死んだ各国兵士の墓が736基ある。その一隅に日本軍の墓が24基並んでいた。


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*そのうちの一つ。プレートには「1936~1945年戦争の兵士 日本軍」と刻まれているだけで、名前はない。コミッラには大きな病院があった。この墓地に葬られている人々の多くは、その病院で亡くなったという。(2007年撮影)


今日は五山の送り火の日だ。


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當麻寺

2017年08月13日

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有名な當麻曼陀羅は中将姫が蓮糸で織ったと伝えられる阿弥陀浄土変相図だ。


8月12日(土)

午前中は近所の喫茶店でレポートを読み、昼食後、當麻寺に行く。當麻寺は二十数年前に一度行ったきりで、近所を通るたびに、もう一度訪ねておかなければならないと、ずっと思ってきた。この寺は奈良県葛城市の市域にあり、南阪奈道路を使えば、家から40分もかからない。

曼陀羅堂、講堂、金堂、奥の院と順番に拝観して、最後に中之坊に入った。ここは、飛び石伝いにいくつかの庭を巡りながら、諸堂を参拝してゆく仕組みになっている。

ぼたん園の中に折口信夫の歌碑を見つけた。夏草におおわれ、説明板がなければ、見過ごしてしまうような石碑である。

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 ねりくやう すぎてしづまる寺のには

  はたとせまへを かくしつゝゐし 

               釈迢空


説明板によると、折口は少年時代の一時期、この中之坊にいたことがあるという。事実とすれば、彼には、この寺を内側から眺める視点があったと考えてよさそうである。

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*金堂と講堂。日盛りでも、すがすがしさが感じられる。


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*門前町には古い家並みが残っている。


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*「ふたかみ」という食堂に入ってお茶を飲んだ。和菓子とセットで600円。なかなかおつな物であった。「ふたかみ」とはもちろん、當麻寺の背後にそびえる二上山のことである。二上山、當麻寺、折口信夫とくれば、小説『死者の書』を想う人も多いだろう。しかし、當麻寺はその素振りも見せていない。飛鳥時代から続く古刹の余裕であろうか。

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