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木山寺

2017年11月04日

11月6日(月)

2泊3日で岡山県真庭市の木山寺(きやまじ)という真言寺院に出かけた。ある研究グループの聖教類調査に同行したもので、私は専ら彼らのやることを見物した。このグループとは、9月の慶應大学での研究集会で知り合った。それまでは何の関係もなかったのだから、縁とは不思議なものである。


木山寺は、その名の通り、檜や杉が密生する緑の濃い山の上の寺院である。たくさんのことが立て込んでいる中で、実に贅沢な時間を持つことができた。泊まったホテルに天然温泉があったのも、腰痛に苦しむ身にはありがたかった。

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*随神門から見た木山神社奥宮への道。


その効果か、はたまたストレッチが効いてきたのか、昨日辺りから腰が痛まなくなった。しかし、痛かった右腰を無意識にかばう癖がついてしまった。これはこれでバランス上いいはずがない。今は、普通に動く訓練をしている。

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ストレッチ、ストレッチ

2017年10月30日

10月30日(月)

金曜日に家に帰って腰痛を訴えると、家人少しも騒がず、ストレッチしなさい、ストレッチ、という。風呂上がりのストレッチで慢性の肩こり、しつこい腰痛、杖無しには歩けないような膝関節痛もすべて嘘のように治る、と。ふむふむなるほど。すでにやっていた体操も要はストレッチなのだから、この言葉には説得力がある。場合によっては整骨院に行こうと考えていたのを思い直して、その日から実行した。確かに効く。しかし、朝起きると、またイテテ…の繰り返し。それでまたストレッチ。いつまでやるのか、と聞くと、よくなっても、予防の意味を込めて、ずっとやりつづけなければならない、とのこと。これはこれで大変なのである。


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関ヶ原

2017年10月29日

10月29日(日)

昨日、駅前商店街に所用で出かけた際、書店で、普段は買わない『歴史群像』をつい買ってしまったのは、表紙に書かれた「関ヶ原合戦の真実」の文字に引かれたからである。長篠合戦など史上有名な合戦の実像が、小説、テレビ、映画などでお馴染みのものとはかなり違ったものであったらしいということは誰しも考えることであろう。ただ、関ヶ原まで違っているとなれば、これはちと困るような気がする。ところが、以前このブログで触れた『戦国の陣形』にはそれらしいことが短く書かれていた。以来、気になっていた。そこに今回の記事である。白峰旬という歴史学者が書いたこの記事を読んで、私がおもしろく思ったのは、

1.関ヶ原合戦は、東西両軍が最初から天下分け目の大戦であることを意識してがっぷり四つに組んだ戦いなどではなかったらしいこと。白峰氏の言葉を借りると、それは「石田方が想定しないタイミングと場所で行われた(徳川方による)追撃戦・殲滅戦」であったらしいこと。

2.この合戦の準主役とも言うべき小早川秀秋は、散々逡巡した挙げ句に家康の「問鉄砲」に威されて裏切りを決意したわけではなく、合戦開始直後から「ちゃんと」裏切って、大谷吉継勢を攻撃にかかったらしいこと。そのため、大谷勢は徳川主力と小早川勢に挟み撃ちにされてまたたくまに壊滅したらしいこと。確かに、戦の最中に死んだ西軍の主立った武将は吉継しかいない。


らしい、らしいと書いたのは、白峰氏の説もまた仮説であることが、その書き方から窺われるからである。私にこの記事の内容を批判的に吟味する能力はない。ただ、どの分野にも、まだまだ分かっていないことは多く、だからこそ面白いと思うだけだ。

結果は変わらないのだから、そんな細かいことを穿鑿しても…と言うなかれ。私達がなかば常識としていることを打ち壊してゆくのが研究の醍醐味なのだから。


実はこの号を買った動機がもう一つある。「再現!軍隊グルメ 戦士の食卓」という連載コラムに、トルコ銘菓「ロクム」が取り上げられているのである。これ、一昨年のトルコ旅行のお土産にしたもので、分からない人には甘いゆべしにしか見えなかったようだが、分かっている人には、「一度食べたかった」とたいそう喜ばれたのであった。


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腰痛と体操

2017年10月27日

10月27日(金)

上海から帰った頃から、腰に痛みを感じるようになった。それが日毎に酷くなって、昨日の朝は、ほとんど立ち上がれないほどになった。ちょっとでも屈むと痛いので、5分ぐらいかけてズボンと靴下をはき、顔も洗わないで学校に出た。立ち上がりは辛いが、背筋をしゃんとして歩き出すと、段々楽になってくる。


部屋に入って最初にしたことは、ネット様にお伺いを立てることである。すると、出るわ出るわ、腰痛関係のサイトが山のように出てくる。その中からいくつか拾い見をして、体操を2種類覚えた。これをやってみると、確かに効かないことはない。だが、椅子に座って立ち上がろうとすると相変わらず痛みが走る。これの繰り返してある。


夜の9時すぎに曼荼羅荘に帰り、ゆっくりぬるめのお湯に入る。それから体操をすると、何と椅子からすっと立てるようになった。続きは床に入ってから。寝返りも実は腰痛体操になるらしい。寝返りなら得意である。一晩中、といっても熟睡している間は分からないが、ごろごろやった。


今日は昨日に比べれば大分楽である。


実は今日から2日間、東京で学会があり、発表はないが、出席の予定を立てていた。昨日の一番辛いときに、こういう状態で1泊2日じゃ身が保たないと諦めてしまったが、今日のような調子ならば、だましだまし行けたのである。まあ、二三日身体を休ませることにしよう。

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会議、会議

2017年10月26日

10月18日(水)

9時から市内のある私設博物館で会議が開かれた。日本人の出席者は4人、あとは中国各地から集まった研究者たちである。その中には、チョウさんの先生のC先生もいた。C先生は北京大学名誉教授で本当の意味での老師である。

主題はあるコレクションの今後の研究方針を討議すること。すでにリストはできているので、それを基に意見を述べ合うことが主であった。T川先生とC先生が積極的に発言して、会議をリードされた。私も資料整理の仕方についていくらか所見を述べさせてもらった。

この日はそこで夕食になったが、上海名物の魚料理が美味しかった。昨夜に引き続いてワインも美味しくいただいたが、ここのマネージャーのようなおじさんが私を「大哥、大哥(兄貴)」と盛んに呼ぶので、少々面食らった。自分では若いつもりでも、客観的にはこの人より上に見えるわけで…


10月19日(木)

この日も昨日と同じ調子で9時から会議。途中、ネットニュースの取材が入って、私はT岡先生とそちらの対応に当たった。J先生の総括で今回の会議はめでたく終了。昼食後、課題を与えられて、外灘経由で空港に向かった。多少飛行機の出発が遅れたが、9時半には関空に到着。河内長野に向かうチョウさんと堺東で別れて帰途についた。

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*外灘の海岸通りを行く。

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