10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

わが心遊ぶはいづこ

2013年01月14日
当然、高野も大雪である。

せめて特急「こうや号」で快適に行こうとしたら、紀伊神谷と極楽橋の間で倒木があって、特急は橋本どまり。橋本から高野下まで折り返し運転の鈍行で行き、そこから代行運転のタクシーに4人で分乗してようやく御山にたどり着いた。
NEC_0749_convert_20130114180134.jpg
*竹が道路に倒れかかって交通の障害になっている。

一昨日、田辺の南方熊楠顕彰館で午後6時半から学術部の会議があった。珍しく早めに行って「田辺抜書」を調べ、それでもまだ時間があるので定宿のパークサイド・ホテルにチェックインしてしばらく休んだ。抜書を調べたのは、龍谷大学ORC研究叢書に投稿した論文の裏を取るためで、執筆と確認があとさき逆になったが、収穫はあった。

昨日は午後1時半から顕彰館で「新春吉例 十二支考輪読」が開かれた。これは去年から始まった新春イベントで、今年の担当は年男の志村真幸氏(京都外大非常勤講師)、お題は「十二支考巳年 ヘビも長いが、熊楠の話も長いゾ」だった。

講演は1時間ほどで奇跡的に終わり、そのあと質疑応答になったが、フロアーからいろいろな意見が出て、なかなかよかった。志村氏の意図は、熊楠を当時の世界的な学問研究の潮流の中に置いて客観的に評価すべきだというもので、彼の描く熊楠像は、聴衆の多くが「期待する」ものとはちょっとずれていたかもしれないが、そこは何でも自由に討論・発表できるのが顕彰館のよさである。

会のあと展示されていた「マムシ酒」の試飲が行われたが、私は運転があるので涙を飲んだ。M居先生を堺東まで送って7時に帰宅した。

今日の午前中は冷たい雨の降る中、堺市博物館に行き、借りだされている肥下家資料を閲覧して、消印など写真では見えにくいものの確認を行った。

博物館へは、昨日からの余韻で、「わが心遊ぶはいづこカイラーサ 山また山の奥にありけり」(淡島寒月)などと口ずさみながら車を走らせた。ラジオをつけると、おもちゃコレクターとして有名な北原照久氏が出ている。寒月もおもちゃのコレクションで知られた。こういうのをシンクロニシティと言う。とここまではよかったのだが、博物館に着いた途端に、資料の入ったザックを置き忘れてきたことに気付き、家まで取りに帰るはめとなった。最近はこういうことが多い。少なくとも運転中は心をよそに遊ばせることは止そう。

N村さんからもらったコピーで、この間の記者発表は各新聞社ともかなり大きく報道してくれたことを確認した。






ある大学教員の日常茶飯