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高野山大学フジキン小川修平記念講座講演会

2012年12月02日
11月30日午後1時より、中之島の大阪市中央公会堂で、高野山大学フジキン小川修平記念講座講演会「宇宙の摂理への想い」があった。
プログラムは次の通り。

講演1 平野俊夫(大阪大学総長)「いのちと医学-大阪大学の歴史とともに-」
講演2 棚次正和(京都府立医科大学教授)「いのち・いやし・いのり-宗教と医療の根底にあるもの-」
講演3 帯津良一(帯津三敬病院名誉院長)「地球の自然治癒力の回復をめざして」

シンポジウム 司会 中村本然(高野山大学教授・密教文化研究所長)
       鮎澤 聡(筑波技術大学准教授)・帯津良一・棚次正和

フジキン小川修平記念講座は、故小川修平氏の遺志を受けて今年度から始まった講座で、宗教と科学の対話をその柱としている。
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*講演する帯津先生。このホールは大正7年に竣工した。実に風格がある。

平野先生の講演は、宇宙的な時間の中での生死を改めて考えさせるものだった。手塚治虫の漫画を導入に使って素人にも分かりやすくポイントを提示するプレゼンテーションも印象に残った。「一個の生命は死により星の成分の原子に戻る」という認識は、空漠としてもの悲しくもあるが、物理的には事実と言ってよいのであろう。問題はこれで自分や親しい人の死が納得できるかということである。

棚次先生の講演は、日常生活におけるいのりの効用に気付かせてくれるものだった。そういえば、最近あまり祈っていない。今会場で買った村上和雄先生との共著『人は何のために祈るのか』を読んでいる。

帯津先生はホリスティク医学によるがん治療に長年携わってこられた方で、その熱意、探究心、ユーモアは、どれもすばらしかった。分野は違っても「生き方」として見習いたい。「古典に学ぶこと」の大切さも改めて教えていただいた気がする。

総じて、どの方も、言葉こそ違うが、「今この瞬間を大切に生きる」ということを強調していた。こういう違った学問分野同士の対話は、安易に相手のフィールドに踏み込もうとするよりも、それぞれの専門領域を掘り下げてゆき、その結果通じ合うものが出てくれば、それを大切にするというのがよいと思う。今回は医学が主で、ほとんど違和感を感じさせることはなかったが、今後宗教と科学との本格的な対話を進める場合に、こういう構えが重要になってくるだろう。

また、宗教には「いのり」に代表されるようなスキルがいろいろとあり、それらを宗教色を抜きにして一般の生活に応用できるような形で提供するということもわれわれの重要な仕事であると感じた。




      

高野山大学の力