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HUG、HUG、HUG!

2012年09月27日
土曜日、クリーンセンターに粗大ごみを搬入したあと、久しぶりに「ろおじ」に行ったら、Kさんがお茶を飲んでいた。S賀さんは私を見るなり一言、「最近、市役所の人と何かこそこそやってはるんじゃないですか」。「ええ、こそこそやっていますが、まだ言えないんです」「(ブログに)あんな(曖昧な)こと書くぐらいやったら、書かない方がましなのに」。これには一本参ったが、書きたくとも書けないが、書けなくとも書きたいんだよね。

さて、18日午前9時過ぎ、私たちは志津川字田尻畑のHUGハウスに着き、代表の堤さんや宇根さん、そして地元ボランティアの人たちに迎えられた。そこには仮設住宅にベンチとテーブルを造って回る活動をしている二人組もきていた(このベンチとテーブルがとても役に立っていることを翌日訪れた仮設住宅で目撃することになる)。

HUGハウスは、カウンセリングやスピリチュアルケアの学びとケアの提供を通じて社会に貢献することを目的に掲げる団体だ。もともと神戸で発足したが、震災後、避難所になった志津川高校から活動を始め、2011年8月に田尻畑にケアカフェ心香(coco)をオープンさせてからは、南三陸に常駐して被災者支援活動を展開しているという。私たちは、HUGハウスが開いている「Come & See IN南三陸」という体験型研修を受けるためにここに来た。

挨拶の後、最初にしたことは自分の通り名を考えて名札に書くことであった。スタッフは全員そうしている。堤さんはHUGちゃん、宇根さんはおしょうさんという具合。これは社会的地位や肩書などを外して、一個の人間として相手に向き合うための準備と思われる。というわけで、私はそれからニ日間は「なおさん」になった。

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午前中は、こころのケアと傾聴のためのミニ研修で、「痛むいのち」によりそう心構えなどを学んだ。その中に沈黙の時間(10分間)とアイコンタクト(3分間)が含まれていた。アイコンタクトはペアを作って互いの目を見つめあうというもので、私はHUGちゃんと組になったが、なかなか印象的なことであった。なにしろ普段こんなことはすることはまずない。

この研修では、一段落するごとに全員がコメントを述べて、発見や感想を共有することになっている。「イヌイちゃん」とペアを組んだおしょうさんは、この人はとても正直な人だと思ったという。なかなか本質を突いているではないか。で、私はといえば、最初は何かニュアンスを出さなければならないのかと思ったけれど、そのうち力が抜けて心が静まるのを覚えたので、そういうことを述べた。これに対してHUGちゃんは、「優しさを感じた」と言ってくれた。この辺から、この研修に自分が前向きになるのを感じた。

昼食は、おしょうさんの案内で、おおもり食堂に食べにいった。

午後のプログラムは「町ナビ」であった。スタッフに案内してもらっての見学である。
最初に行ったのは、南三陸町立戸倉中学校である。この中学校は小高い丘の上にあるにもかかわらず、「台形の」波が二方向から押し寄せて校舎と体育館とをつなぐ渡り廊下を破壊した。窓から中をのぞくと、黒板に当時の予定が「3月11日(金)3・4校時卒業式総練習、3月12日(土)第64回卒業式」と書いてある。3・4校時が卒業式の練習であったとすれば、生徒たちは午後は帰宅したに違いない。ということは彼らの多くは自宅で被災した可能性が高い。

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はっとしたのは、玄関先のタイルにいっぱい書いてある子どもの落書きの中に次のことばを見つけた時であった。

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*「上からめせんで ドラキュラが!」

慌てて自分の心を点検してみる。自分は特に上から目線でも、吸血鬼でもないはずだが… しかしすぐに、これはそういう意味で書かれたものではないと思い当たった。ドラキュラが上から襲ってきた、というだけのことである。よく見ると、周りにそういうホラー系の絵がいろいろ描いてある。子どもはこういうのが好きなものだ。

ただ、想う。被災地には実にいろいろな人間がやってくるだろう。そこではごまかしは通用しない。試されるのは私たちのように外からやってきた人間の方である、と。また、絶対的に足らないとはいえ、被災地復興に巨額の資金が投じられていることは事実である。復興の血液は何といってもお金である。その血液が末端まで行き渡らないうちに、それを吸い上げようとする、それこそドラキュラのような輩がいないともかぎらない。さまざまな復興事業に行政の監視の目がきちんと行き渡っているのだろうか。

それから神割崎(かみわりさき)という景勝地に行って休憩した。この日は暑く、ハウスが用意してくれた冷たい麦茶がありがたかった。この岬にはおもしろい伝説があるのだが、ここでは省略する。それから町に取って返し、災害対策庁舎を訪れた後、ハウスに戻ってミーティング。一日の締めくくりは、やっぱり、というか何というか、お互いを「ハグ」しあうことであった。

特に動き回ったわけではないのに、どーっと疲れて観洋に戻り、夕食と入浴の後、早めに布団をかぶった。






高野山大学の力