06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

ともかく志津川へ

2012年09月25日
4泊5日と聞いて私は驚いた。そりゃボランティアは大事だよ。しかし働き盛りの男が4人揃って4泊5日はないんじゃないかなあ…2泊で十分じゃないの、というのが正直な気持ちだった。
でもCome & See(見に来て)と言うのだから、行くだけ行ってみよう。とまあ、こんな心境で、何をするのかよく分からないまま、17日(月)の朝、東北に向かった。

新今宮のホームでイヌイさんをキャッチし、東海道、東北と新幹線を乗り継いで、2時半に仙台に着いた。東口で先着していた藤田学長と事務職の後藤さんと合流し、レンタカーで南三陸町に向かう。南三陸町は平成の大合併で志津川町と歌津町が合併してできた町だ。

町まで休憩を入れて約2時間のドライブは快適だった。しかし、下の一二列だけが枯死した奇妙な杉林が見えてきた時には、いよいよか、と思った。杉が枯れたのは塩害によるもので、それはそこまで津波が来た印だった。
2012蜊嶺ク蛾匣+012_convert_20120925110321

南三陸町滞在中の宿は、観洋という大きな観光ホテルだった。食事がよくて、お風呂はもちろん温泉。隅々までサービスが行き届いている。ちょっと贅沢なようだが、結果からいうと、これが正解だった。昼は慣れないことをやり、夜は雑魚寝では、身がもたない。それに現実問題、志津川ではここ以外には何軒かの民宿が営業を再開している程度らしく、後で知ったことだが、ボランディアに来たほかの人たちもここに泊まっていた。

部屋は10畳だが、4人相部屋なので、布団を敷くと結構狭い。3人のイビキに悩まされながら、何とか寝に就いた。

2012蜊嶺ク蛾匣+017_convert_20120925113424
*志津川湾の夜明け(撮影:後藤さん。この時私は睡眠中)。

18日(火)目覚めたら浴衣にびっしょり寝汗をかいていた。ひと風呂浴びてから朝食の会場に行くと、昨夜の泊り客は意外に多い。震災以後、さまざまな営業努力でここまで立ち直ってきたということが感じられた。

9時過ぎ、田尻畑にある「HUGハウス&ケアカフェ心香(ここ)」に到着。農家の納屋の一部を改造した体のものだ。



高野山大学の力