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田辺で開かれた第8回南方熊楠ゼミナールに参加

2011年12月11日
10日に田辺市のシティプラザ・ホテルで開かれた第8回南方熊楠ゼミナールに2泊で参加した。
今回は、熊楠没後70周年の記念大会で、ラジオ・ウォークもあり、別口でテレビ局も来ているということで、いつも以上ににぎにぎしい雰囲気であった。

9日(金)の午後3時過ぎ、初冠雪で寒~い御山を降りて、田辺に向かう。5時半ごろ田辺のシティプラザ・ホテルにチェックイン。翌日の午前中には和歌山放送の「ラジオ&ウォーク『今、南方熊楠が発信するもの』」があって、中瀬館長、濱岸さん、田村さん、安田さんがご出演だった。特に安田村の御両人によるしゃべくりは是非聴きたかったが、私は前夜3時過ぎまで原稿を書いていたので、残念ながら失礼して静養に努めた。

お昼、昼食を兼ねて打ち合わせを行う。1時半開演。

司会:田村義也先生(南方熊楠顕彰会)
本日のプログラム:

あいさつ 真砂充敏田辺市長・南方熊楠ゼミナール実行委員会会長

基調講演 中垣俊之先生(公立はこだて未来大学教授)「粘菌からのぞく行動知の起源―学際的視点から―」

研究発表 ①奥山直司「南方マンダラはどこまで曼荼羅か―「南方熊楠と仏教」研究の現在―」
     ②唐澤太輔さん(早稲田大学助手)「南方熊楠の夢―中間領域への関心/晩年の夢―」

パネルディスカッション
没後70年「今、南方熊楠が発信するもの」
コーディネーター 松居竜五先生(龍谷大学准教授)
コメンテーター 萩原博光先生(国立科学博物館名誉研究員)
パネリスト 尾関章先生(朝日新聞東京本社編集委員)
      唐澤、奥山

閉会あいさつ 西林則男先生(南方熊楠記念館館長)

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中垣先生のお話は、お人柄がよく表れたユーモラスでありながら理科系的にきっちり組み立てられたもので、どのような方法で実験・観察・測定をしているのかが大体分かった。つづめて言えば、中垣先生の御著書の帯にあるように、粘菌は「脳はなくても賢い」。松居先生もおっしゃっていたが、人間とはまったく違った知性のあり方があるという事実に驚く。そもそも知性とは何か、心とは何か、さらに生死とは何かを考えさせられた。

研究発表①はおいておいて、②は唐澤さんがずっと取り組んでいる「夢の採集者」としての熊楠の研究の一部を披露するもの。その資料に紹介された娘の南方文枝さんが伝える熊楠の最期のことばに改めてしんみりする。

「私はこれからぐっすり眠るから誰も私に手を触れないでおくれ。縁の下に白い小鳥が死んでいるから明朝手厚く葬ってほしい。…頭からすっぽり自分の羽織をかけておくれ。では、おまえたちもみんな間違いなくおやすみなさい。私もぐっすりやすむから」

熊楠にとって、白い小鳥のむくろとはいったい何だったのだろう。

パネルディスカッションは、1時間半の時間があっという間だった。萩原先生には、そもそも粘菌とは何なんですか、という幼稚な質問に答えていただいたし、尾関先生の「最近も発見が相次いで、人類と地球外生命との遭遇が存外おとぎ話ではなくなってきている。それは人間とはまったく違った種類の知性の持ち主かもしれない」という言葉にはわくわくした。

終演後、6時半ごろから同じ会場で懇親会。1次会で部屋に切り上げたのが、私としては上出来だった。しかし、翌日○さんに「昨夜はおとなしかったですね。次はしっかり騒いでください」と言われた。どうも前回「銀ちろ」の宴会で私は騒ぎすぎたらしい。でも、あのときは○さんこそむちゃくちゃ騒いでいたよなあ。まあ、酒の飲み方だけ熊楠に近づいても仕方がない。

一夜明けて、10時に顕彰館に行き、ゼミナールを機に資料調べにやってきた院生のHさんを手伝う。昼食はパークサイド・ホテルの上階で取り、2時過ぎに顕彰館をあとにした。



研究ノート