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ダライ・ラマ法王、青年僧と語る(1)

2011年11月08日
10月30日の舞洲講演の終わりは雨で、濡れて帰った方々はお気の毒だった。
後片付けは業者に任せて、われわれは明日からの高野山特別法話に備えなければならない。この2正面作戦はなかなかハードだが、今は泣き言を言っているひまはない。

舞洲は陸の孤島ならぬ本物の島である。しばらく待って時間をずらしてからイヌイさんとタクシーで西九条に向かう。彼とは新今宮のホームで別れ、一度家に戻って夕食をかっこんだ後、ただちに御山に向かった。

10月31日(月)
お天気は回復に向かっている。各部署が8時半から動いている。私はM崎さんやN田さんの手を借りて会場の設営にかかる。一昨日完成したばかりの宝座を動かして「両猊下、青年僧と語る」の仕様に替える。ついで簡単なリハーサルを行う。御山でも私の役回りは司会進行委員なので一番気になるのはマイクである。

「それではM崎猊下の御入場です!」

M崎さんは顔を真っ赤にして反応してくれるので、こちらも仕掛け甲斐がある。だが、あまりふざけていると本番でとちりかねないので、たいがいにして研究室にもどり、司会用の原稿を作った。こういうのはとっくに出来ていなければならないはずなのだが、今日までその時間がとれなかった。

今日は、管長猊下もお迎えしての高野山での大事なオープニングの日である。その最初のプログラムの司会である。普通であれば、焦りに焦るところだが、数日前から頭の中で「自然体でいいのだ」という声が聞こえているので、その声に従うことにした。法王を仕切れるのは法王ご自身しかいない。余分な計らいは無用なのだ。

午後。司令部に刻々情報が入る。「法王様のお車、宿舎を出られました」
こんなものものしいのは大学始まって以来のことだが、準備の甲斐あってか、なかなかよくやっている。

午後1時過ぎ、高野山大学ご到着。直前になって、出迎えの中にカメラを持っている人がいないことに気づき、控室に取りにもどる。何とかセーフ。

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*高野山大学に到着された法王様。左は藤田学長。すでにお気づきのことと思うが、このブログでは法王様の鮮明なお写真はなるべく掲載を控えている。ご理解願いたい。











高野山大学の力