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インド博物館とサダル・ストリート

2011年09月10日
リチャード・フォーティの『乾燥標本収蔵1号室』の中に、次のような一節を見つけて私はにんまりした。

「大英帝国の、賞賛に値する数少ない特質の一つは、博物館と植物園を作りたがることだ。二、三年ほどまえのことだが、わたしはコルカタ(旧カルカッタ)のインド博物館を見学した。そこもまた荘厳な雰囲気の漂う巨大な建物で、インド亜大陸の工芸品が収蔵されていた。近くにはやはり古い歴史をもつインド地質調査所があり、一九世紀末に収集された三葉虫の標本が、当時の紙箱のまま保管されていた。その場所全体が、イギリスが撤退したときと何も変わらず保存されているかのようだった。まるで、化石化した博物館とでも呼べそうな代物だ。(中略)事務員は毎朝一〇時に出勤し、羽根ぼうきで埃を払うと、あとは終日、仕事らしい仕事はしない。暑くけだるい午後、ハエの羽音だけが聞こえてくる。」

コルカタのインド博物館は、私が最も多く足を運んだ外国の博物館だ。近所のパークストリートの角にはベンガル・アジア協会(Asiatic Society of Bengal)もあり、そこの事務員たちは、フォーティが描写したのと寸分変わらない勤務態度で毎日を過ごしている。博物館も研究所も協会もみんなイギリス人が持ち込んだものだから、彼らのやり方ももとは英国流で、それを彼らなりに解釈して実践しているのだろう。

コルカタ一番の目抜き通りであるチョーリンギー・ストリートから、インド博物館横のサダル・ストリートに入ると、そこは「荘厳な」知識の殿堂とは裏腹の安宿街で、世界中からバックパッカーが集まっている。今から四半世紀も前、初めてインドに来たとき、私もここのゲストハウスでお世話になった。やたら日本人ばかりが集まるゲストハウスで、居心地は特に悪くなかったが、その周辺は、ありとあらゆる「悪徳」が集まってごった煮のようになった世界で、それが私には少なからずショックだった。

以前、コルカタ出身の留学生に、サダル・ストリートの話をしたら、名前は聞いたことがあるが、行ったことはないという。これにはこちらが驚いたが、要するに、そこは彼のような上流階級の坊ちゃん、嬢ちゃんたちが行くべき場所ではなかったのだ。

サダル・ストリート界隈は、曲がりなりにも分別がついてからは、私にとっても行きたい場所ではなくなったが、10年前に一度だけ「間違って」行ってしまったことがある。そのことについては、そのうち気が向いたら書くことにしよう。
ある大学教員の日常茶飯