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「空海と密教美術」展と医療フォーラムと「天竺へ」

2011年08月28日
26日(金)翌日の21世紀高野山医療フォーラムのために東京に行く。ついでのことながら上野の東博で開催中の「空海と密教美術」展を見に行った。ところが電車が上野に着く前から激しい雷雨になり、上野公園口から外に出られなくなった。しばらく待ったが雨脚は弱まったり強まったりで止みそうにない。そこで意を決してキヨスクでビニール傘を買い、豪雨の中を東博に向かった。
この展覧会、たいそう混んでいると聞いていたが、この天気で客足がやや鈍ったのか、それほどでもなく、高野山、東寺、醍醐寺、仁和寺、神護寺、善通寺などから出陳された「お宝」の数々を堪能することができた。
そのあとG大にD信を訪ね、上野で痛飲した。

27日(土)8時半すぎに上野のホテル丸谷を出て会場の東京ビッグサイトに向かう。新橋からゆりかもめに乗り、集合時間である9時半ぎりぎりに会場に着いた。このフォーラムは今回で8回を数える。作家の柳田邦男氏を理事長に、「医療と宗教が手を結び、人々を病苦と死への不安から解放する道を探ってきた」(「理事長あいさつ」より)。特に今回は東日本大震災を受け、「いま、問われる命と心の絆」をテーマに掲げている。藤田光寛学長の基調講演にはじまる講演・報告・シンポジウム・ワークショップは、とても充実していた。
 
二つの報告はいずれも今回の震災に関連したもので、感銘の深いものであった:
辻雅榮氏「仏足頂礼 高野山足湯隊―被災地における傾聴ボランティア―」
岡部健氏「人みな被災者―深層の宗教心に触れて―」

岡部さんは宮城県名取市を拠点にチームで在宅緩和ケアを進めている人で、津波で看護師の女性スタッフを一人失った。地震直後に病気で動くことのできない患者の家を訪ね、二階にその人を押し上げようとしている最中に津波に呑まれたという。手を放して逃げようと思えば逃げることができたのではないか、なぜそうしなかったのか、あるいはできなかったのか、いまだ気持ちの整理がついていないという。

岡部さんが強調したのは、宗教儀礼の重要性、「命のケア」における宗教者の関与の必要性などである。

岡部さんたちは、津波で亡くなった看護師について、「○さんは他人のために命を捧げたのだから、死んで菩薩になったのだ」という思いから、病院の裏手にお地蔵さんを建立して祀っているという。

飾らないその語りに、こちらも泣けて泣けて仕方がなかった。

今回の津波では警察官、消防団員、町役場の職員をはじめとする多くの人々が、他人を助けようとして自分の命を失っている。南三陸町で最後の最後まで避難を呼びかける放送をして亡くなった遠藤未希さんのことはよく知られているが、他にも大勢の「未希さん」がいたのである。

岡部さんが言うように、人間にも、極限状況では、自分という個を超えて、集団を守ろうという本能のようなものが働くのだろう。それは私にも理解できるような気がする。

フォーラムの本体は午後6時過ぎに終わった。7時からはワークショップがあり、教職員で残った人も少なくなかったが、私はここでお役御免になり、帰途についた。新大阪着が11時5分、何とか泉北線の最終に間に合い、帰宅したのは零時過ぎであった。

今日28日(日)は早起きして車で奈良市に向かった。奈良博で開かれていた「天竺へ―三蔵法師3万キロの旅」が今日までである。阪和と西名阪の2つの自動車道路を使うと、私の家から斑鳩までは約40分、奈良市にも1時間ちょっとで行ける。この展覧会の目玉は藤田美術館所蔵の「玄奘三蔵絵」である。全12巻のこの長大な絵巻が、前期・後期2期に分けてではあるが、全巻展示された。「全部見せる」というのが最近の流行らしい。まことに結構な、見ごたえのある展示であった。




研究ノート