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ニャーナさんの寺

2011年04月14日
アハンガマはカタルワの隣り町である。

ストルト
*この辺の海では棒の上で魚を釣る伝統のストルトフィッシングが見られる。

いい波

いい島
*椰子の葉陰。明治のスリランカ留学生の一人、小泉了諦(こいずみ・りょうたい)はスリランカに来てから椰陰(やいん=椰子の葉陰)と号するようになった。大乗の教えを、万人に等しく涼を与える椰子の葉陰に見立てたものだ。

海辺のしゃれたレストランでお昼を食べてからニャーナさんのお寺に向かう。

街道から横道に入って、村の中を進んでゆくと、門の横にウィドヤーチャンドラ・ピリウェナと書かれたお寺に到着した。

ここがニャーナさんの出身寺院である。ニャーナさんはここの大長老の格だ。なかには仏教学校(ピリウェナ)もある。
ニャーナ寺
*手前がその教室。

学校
*授業の始まりを待つ生徒たち。

院長に挨拶した後、日本人の寄進によって建てられた建物の二階の一室を与えられた。ここが今夜泊まる部屋で、ベッドの上には蚊帳がつってある。エアコンはない替わりに、これまでのホテルと同様のシーリングファン(天井の大きなファン)に加えて大きな扇風機が置いてあるので、両方を回してしばらく休憩する。スリランカに来てから、こうやって寝てばかりいるような気がする。

チャンダシリ・テーロー(テーローは長老、上座の意)という若い比丘が何かと親切に世話をしてくれる。この寺にはアベ・スマナという日本人の比丘もいるが、ちょうど日本に帰っていて会えなかった。

一休みした後、マータラに出かけることになった。チャンダシリ・テーローとクサラ・テーローが同行する。

まずはカタルワにもういっぺん行ってもらうことにした。さっきは境内をゆっくり見れなかったので心残りだったのだ。
ランウェルレーに直接行くとまた同じ事になりそうなので、今度は隣の寺を訪ねた。出てきたのは実にひょうきんなお坊さんだった。境内をどんどん案内しては、おもしろい話をいろいろ聞かせてくれる。
ついでにコッガラ湖の畔を散策して、見学を終えた。
絵になる
*チャンダシリ・テーロー(右)とクサラ・テーロー。絵になる二人である。

きびすを返してマータラに向かう。マータラはセイロン島南端の中心都市だ。アナガーリカ・ダルマパーラの父ドン・カロリス・ヘーワーウィターラナはこの町出身でコロンボで成功した家具商だった。ダルマパーラはヒッカドゥウェ・スマンガラやミゲットゥワッテ・グナーナンダ、さらに神智協会のオルコットなどの薫陶を受けて、スリランカ仏教復興運動の最大の旗手に成長してゆく。彼は4回も来日し、スリランカでも日本からの留学生の世話をするなど、日本との関係が深かった。彼が亡くなったインドのサールナートのムーラガンダクティー・ヴィハーラには日本の画家野生司香雪(のうす・こうせつ)によって描かれた大きな仏伝図がある。

マータラのウェヘラヘナ寺は新しい寺で、大仏があり、堂内にはジャータカ物語の壁画が500以上見られる。絵はちょっと私の趣味ではないが、きれいごとではない人間の愚かしさや浅ましさが生々しく描かれている。普通ジャータカといえばおとぎ話と捉えられる傾向があるが、私の感想では、結構どろどろした話が多い。こういう絵によって一般の人々に仏教を教え導こうという仕掛けだ。
ウェヘラヘナ寺

仏歯
*スリランカに仏歯(お釈迦様の犬歯)をもたらしたヘーママーラー(右)とダンタクマーラのレリーフ。キャンディの仏歯寺に祀られているこの仏歯は、シンハラ王権の象徴であった。



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