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西南海岸の旅

2011年04月07日
3月15日(火)
10時にチェックアウト。GOHへの支払いは朝食3回と国内電話1回で、しめて2999ルピーだった(宿賃はこれとは別にネットの予約業者にカードで支払うシステム)。やはり三ツ星ホテルで食事をすると割高である。昨日の夕食はヨーク・ストリートとチャタム・ストリートの交差点付近にある「ホテル」という名前の食堂で、コーラ1本、マフィン1個、紅茶1杯で済ませてしまった。

ついでに「ホテル」の向かい側の宝石店を覗いた。スリランカは宝の島だ。内陸部にラトナプラ(その名も「宝石の町」)というところがあって、ダイヤモンドは採れないが、ルビーやサファイヤならざっくざくなのである。

すぐに倚子に座らせられ、次々に宝石を見せられる。こういう店のおじさんはみな商売上手だ。おお、日本の方ですか、日本のどこです?オーサカですか。私もオーサカ、コーベには知り合いがおりましてね。今度のツナミはほんとに大変だったですな…

私の乏しい経験からいうと、特に買う気がなければ、値段を聞いてはいけない。話が長引くのはいいとして、初めは欲しくなかったものをつい買うはめになったりするからである。それから日本人は、すぐに「見るだけ」と言うらしく、中国でもインドでもこの日本語だけは通用する。「ミルダケ、ミルダケ」と言いながら客をひきずりこんでゆくのである。

すぐに席を立つのも何だから、しばらく我慢してつきあう。宝石なんてまったく分からないのに、このスタールビーのスターはクリヤーじゃない、とか、デザインが気にくわない、などと言ってみる。相手は、それじゃあ、と、次々に別の石を出して並べてくるが、これに負けてはいけない。ころあいを見計らって、「ありがとう」で話を打ち切り、ゆっくりと席を立って、さよならする。文字通り「見るだけ」だったが、彼らも慣れていると見えて、さばさばしたものである。

さて、ナンダセーナさん運転のワゴン車は、市街地を抜け、海沿いの道を南下してゆく。コロンボからゴールまでは117㎞の道程だ。

パーナドゥラ

パーナドゥラでは車を降りて、ミーゲットゥワッテ・グナーナンダの銅像の写真を撮った。1873年、ここで仏教とキリスト教の代表者による公開討論会が行われ、仏教の代表者であったこのグナーナンダ比丘が、この種の討論会では初めてキリスト教の宣教師を論破した。これがスリランカ仏教復興運動の転換点となったと言われるパーナドゥラの論争である。この論争の結果が、やがてこの島に、神智協会のオルコット大佐とマダム・ブラヴァツキーを呼び寄せ、スリランカ近代仏教史は新たな段階を迎えることになる。こうしたことについてもおいおい触れてゆこう。
街道筋のお寺
*街道筋にあるお寺。日本のお寺のイメージとはかけ離れている。

スブーティの寺
*ワスカドゥワにあるワスカドゥウェ・スブーティの寺。タイの王室の帰依を受けてきた。スブーティは、スマンガラ、グナーナンダらと共に、19世紀に活躍した代表的なスリランカの比丘の一人だ。






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