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トルコ記念館、再び

2010年09月06日
8月6日に続いて串本・大島のトルコ記念館を訪ねた。

先週串本町役場から連絡があって、月曜日の1時半からNHKの撮影があるので一緒に見たらどうか、という。
インドへの出発を控えているので相当つらくはあったが、せっかくのチャンスなので出かけることにしたのである。

串本はやはり遠かった。それに一ヵ月前に劣らぬかんかん照りであった。
30分ほど遅れていったので、すでに撮影が始まっていた。町役場のS野さんとNHK和歌山のディレクター氏に挨拶。現場に行ってみて、S野さんがいっしょにどうか、と言ったわけがよく分かった。
ガラスケースの陳列品がものすごく出しにくい構造になっているのだ。とにかく役場の人たちの協力で、オスマン帝国皇帝アブデュル・ハミト二世から贈られた勲章とメダルなどの撮影ができて、大満足だった。

調査を終えて、岬の突端にある灯台を訪ねる。
その手前に、最近移築されたトルコ共和国建国の父、ムスタファ・ケマル・アタチュルクの騎馬像がある。

ケマル・アタチュルク像

アタチュルクの言葉
台座にはめこまれたアタチュルクの言葉「国に平和を 世界に平和を」
ぼーっと映っているのは私。

樫野崎灯台

今の樫野崎灯台。樫野崎灯台は、スコットランド人技師リチャード・ブラントンらによって建てられたわがくに初の石造洋式灯台で、明治3年に点灯業務を開始している。右手前の建物は老朽化が激しいため改築されるとのことだが、1890年9月の嵐の晩に遭難したエルトゥールル号の乗組員が最初に助けを求めたのはここらしい。

あんまり暑かったのでまたトルコ・アイスを食べた。お店のトルコ人とちょっとしゃべったら、彼も退屈していたようで、民族問題について熱心に論じた。
彼「センセーはひどいよ」
私「うん、先生は酷い」
彼「センセーになったら何もかもめちゃくちゃになる」
私「ん?・・・・あ、それセンセーじゃなくて、センソー(戦争)というんだけど、確かにめちゃくちゃだよね」

仕事抜きでいっぺんイスタンブルに遊びに行きたいものだ。

S野さんも一度行って、トルコ人が親日的なのに感激したという。そういう両国関係の始まりが120年前にこの岬の直下で起こった海難事故にあるというわけだ。

帰路、椿温泉のはなの湯で一風呂浴びて疲れを癒した。
研究ノート