05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

学者の構えのようなもの

2010年07月13日
昨日は11時にお客さんを迎えて打ち合わせをし、その後すぐに御山を下りて京都に向かった。

まずイタリア国立東方学研究所にヴィータ先生を訪ねて金曜日の高野山での講演について話を詰める。終わって失礼しようとしたら、「今日はこれから何かご予定がありますか」。
「ええ、夕方から同志社でK-GURSの評議員会がありますので、そちらに回らないと…」

あちゃー、残念。でもヴィータ先生とのアフターファイブは次回のお楽しみということにして、後ろ髪を引かれる思いでバスに乗り、同志社に向かう。

早く着きすぎたので、神学部のSさんでも訪ねようと思ったが、どうせ迷惑なので止めて、生協書籍部辺りをうろうろして時間をつぶす。

Sさんはあまりにも気安く率直なのでついついそんな気にもなるのだが、これは学者にかぎらずとても大切な資質、または構えだと思う。

私の貧しい経験から言えば、中国でもインドでも、本当に権限のある「偉い人」は決して偉ぶらない。実にフランクなものである。威張っているのはその下の連中で、いかにも大人ぶって「ハオ、ハオ、何でも言ってみなさい」という感じに構えているが、実際はほとんど何もしてくれないし、する権限もないのである。これは日本でも同じだろう。

学問の世界でも、変にもったいぶったり、知ったかぶったりしたり、手続きや順序にばかり固執したりする者にろくなヤツはいない。本当にすぐれた学者は、実に謙虚、率直で、もの柔らかく、いくつになっても好奇心に目を輝かせている。それは自信の顕われでもあるのだ。

評議会は2時間を超える長丁場となった。終わって、Sさんに研究プロジェクトもよろしく、と一声かける。この秋から本格始動するこのプロジェクトについては追々報告しよう。
ある大学教員の日常茶飯