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せんとくんとは何ものか

2010年06月07日
電車の中づり広告でせんとくんを見た。前から見ていたが、これほどまじまじと見たのは初めてであった。ご存じ平城遷都1300年祭のマスコットキャラクターである。

せんとくんが発表された時のブーイングのすごさは記憶に新しい。「気持ちわるい」「仏様への冒涜だ」等々。これに対抗してまんとくん、なーむくんなるキャラクターまで作られた。

しかし、この騒動がワイドショーなどで取り上げられたおかげで、せんとくんは一躍全国区に。その宣伝効果は15億円分とも試算されている。結果的には「うまくやった」わけである。

さて、まずこれはいわゆる「ゆるキャラ」ではない。
隅々まで神経が行き届いており、彦根のひこニャンをはじめとする全国のゆるキャラ連とは明らかに一線を画している。

尊格分類から言うと童子である。僧形(そうぎょう)であることがちょっとひっかかるが、不動明王に随従する八大童子の中にも清浄比丘童子がいるから、これは問題なしとしよう。

問題はやはり鹿の角である。これはもちろん奈良公園に群れている春日大社のお使いたちのそれをかたどったものだが、お地蔵さんのような頭に装着されると、やはり違和感は禁じえない。要するに、角が邪魔して今一つかわいくないのである。

頭の中で角を取ってみる。だめだ。角と体が一体として形成されているから、角だけ取るとバランスが崩れてしまう。小鹿の小さな角に替えてみる。これはもっとだめだ。子鬼にしか見えない。

待てよ。ヒンドゥー教には象の頭をした神ガネーシャがいて、とても人気があるぞ。日本でも数年前に「夢をかなえるゾウ」がヒットした。象頭人身があるなら、鹿頭人身があってもおかしくはない。これだ。顔までかわいい鹿にしてしまえばいいじゃないか。

とここまで考えて、はたと気が付いた。何のことはない。これじゃ地デジカだ。

私は宗教図像をこんな風に使うのはけしからん、と言いたいわけではない。ただ宗教図像にはすべて意味があるから、使う場合には慎重であってほしいとは思っている。だから例えば、あるバラエティー番組のスタジオに大きな如意輪観音像がオブジェ代わりにすえられているのを見るたびに、ひやりとする。そしてこれを考案した人に、どういうつもりなのか聞いてみたいと思う。悪気はないのだろうが、こういうことに鈍感であるということも場合によっては罪だ。
研究ノート