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エピタフ

2010年05月30日
先日、部屋にやってきたK田君が一言。「この部屋、いよいよすごいですね。ブログにもあんなこと書いてるし。この際、先生もパーっとやった方がいいっすよ、パーっと」
「そうかな。混乱こそわが墓碑銘と言うではないか」
「なんですか、それ」
「キングクリムゾンの名曲『エピタフ』だ。Confusion will be my epitaph.てな。君とじゃ世代が違うか。それにしてもすごいセリフだろう」
「…確かに、この部屋を見るとコンフュージョンは実感できますが…」

とまあそんなわけで、昨日は大阪に出て上天気の一日を過ごした。梅田も難波も相変わらず人の波である。

梅田の紀伊国屋書店には『高山寺蔵 南方熊楠書翰』の在庫がなかった。売れたのだろう、とよい方に解釈する。

K田君が、機会あるごとに書店周りをして、神田のA店では平積み、梅田のB店では片隅などと報告してくれる。気にはなるが、編者としてなすべきことはすべてなしたつもりである。次を考えた方がいい。

新梅田食堂街で昼飯を食べてから難波に移動。

なんばグランド花月前のたこ焼き屋に群がる観光客をかきわけるようにしてジュンク堂に入る。

ここも人が多い。やれ、本が売れなくなっている。やれ、iPad出現で大変だ。などと言われているが、今の形式の本がなくなってたまるものか。

本たちの背表紙をながめているうちに、ふつふつと勇気のようなものが湧いてきた。学者のエピタフは本と論文だ。

5月28日の「京都新聞」夕刊にユーミンのインタビューが載っていた。
「方向さえ間違っていなければ、パーソナル(個人的)なことをきっちり言えば言うほどジェネラル(一般的)になる。個を追求すれば公に通じるもの。最大公約数的なことをただ言うだけでは、誰にも当てはまらなくなります」
共感することしきり、であった。
2009.8-9河西回廊2 362
*これは北京孔子廟にある元代進士題名碑。科挙の登第者の氏名や出身地が刻んである。








研究ノート