09月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11月

杏の短冊―久しぶりの『高山寺蔵 南方熊楠書翰』余録

2010年05月22日
確かなことは言えないが、熊楠は、色紙や短冊を書くのが好きではなかったように思われる。彼ほどの有名人ともなれば、揮毫を頼まれることも多かったはずなのに、去年和歌山市立博物館で開かれた「エコロジーの先駆者 南方熊楠の世界」展を見ても、この種の展示物は、皆無ではないが、ごく少なかった。

その熊楠が一生に一度のつもりで書いた短冊があった。いや、書いたというのは正確ではない。自分が歌を詠み、それをある人物に代筆させたのである。しかもサインは、「かかることで少しも名を出すを好まぬ」という理由で省かれている。

熊楠がこうまでしてこの短冊を書いたのは、法龍に頼まれたからである。法龍は法龍で、これを松浦という人物に頼まれている。松浦には、有名人の短冊を集めた冊子か何かを出版する意図があったらしい。

その歌は、杏林(医者の美称)の由来となった故事を題材としたものであるというが、実際どんなものであったかは短冊の行方とともに今は分からない。

熊楠の代筆を務めたのはT嬢である。熊楠は誰とは明言していないが、手紙の文言と彼の日記などを照らし合わせると、Tであることが知られる。このことは『高山寺蔵 南方熊楠書翰』?35の注に書いた。Tはこの頃熊楠が憎からず思っていた相手である。

杏を詠んだ歌は珍しいらしい。女文字でしたためられた無署名の杏の歌の短冊。雲をつかむような話だが、心当たりのある方はご一報願いたい。
研究ノート