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仙人の硯―『高山寺蔵 南方熊楠書翰』余録?

2010年04月08日
まず図1を見てもらいたい。これは歴史図書社版の『紀伊名所図会』巻之一に掲載された「仙人の硯」というものである。硯に似た形の石で、中に文字のようなものが刻んである。長三尺とあるから結構大きい。和歌山城の南、岡山(堂形山)の西のふもとの仙人谷に置かれていた。昔誰かが掘り起こそうとしたが、根が深くてできなかったと伝えられている。
  仙人の硯     図 15a
  図1                   図2            
 
図 15b  図3

次に図2、3を見てみよう。図2は熊楠が法龍宛の書翰(『高山寺蔵 南方熊楠書翰』19番)に描いた「仙人の硯」。図3は、「硯」の中に刻んである文字のようなもののイメージである。熊楠はこれらを記憶に基づいて描いたはずだが、図1と比べてどうです。いい線いってるでしょ。

これに関する熊楠の説明はこうだ。「神代字ありし証としてよく学者の引く和歌山の岡山仙人谷といふ処にありし仙人硯といふものあり。こんな風の石(図2)で中に曖昧なるこんなもの(図3)あり。何しろ奇なものぢや。(中略)吾等十二三の頃はその上にのぼり、右の碑をふみおるを側より攻め落し、勝たるもの又其上に立つをそばよりつき落す。(後略)」

要するに、貴重な遺物が悪ガキたちの遊び場と化していたというのである。

最初にこれを読んだ時、私は和歌山市はとんと不案内なので、岡山仙人谷といわれてもまったく見当がつかなかった。こういう時には和歌山市博のT内先生に聞くのが一番だ。早速電話をかけると、「ソリャー『紀伊名所図会』にあるかも分からんナ?」と即座に調べてくれて、「アッタ」のが図1である。こういうネットワークを持っているとホントに便利だ。

去年、熊楠ゼミナールが市博であった時に、改めて場所についてお伺いを立てると、現在和歌山県立博物館がある吹上一丁目辺りらしい。だがこの石自体は所在不明という。博物館の敷地を掘ったら出てくるかもしれない。


研究ノート