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ぎめええ…―『高山寺蔵 南方熊楠書翰』余録?

2010年04月07日
法龍は、パリではギメ博物館の館長エミール・ギメの家に滞在していた。

もとよりフランス語は知らず、土地不案内だったので、最初はおとなしくしていたが、1週間後には館長宅から博物館までは、案内者なしでも独り歩きできるようになった。

その日、博物館で何か催しものがあり、法龍も招待を受けていた。彼は一人で博物館に向かった。ところが博物館はもうこの辺だという処まで来たものの、そこにあるはずの博物館が、ない。もう少し行けばと、10間歩き、1町行き、しているうちに、とうとう道に迷ってしまった。言葉ができないので通行人に道を尋ねることもできず、公園のベンチで疲れた足を休めているうちに日が暮れる。どうしようもなく、ベンチに横になっていると、公園の監視人のような者がやって来て、彼を追い立てた。やむを得ず、街頭に出たが、行けども行けども見知らぬ街が続いている。時計を見れば、早11時過ぎ。足は棒になり、通行人もまばらになる。
2010ロンドン・パリ 610
*夜のパリ5区。正面奥はパンテオン。

ふと見ると、2階屋の階段の下に物置があり、その扉が開いている。しめた、とばかりにもぐりこみ、そこで一夜を明かした。

翌朝、そっと物置を出て、1、2町歩いて大通りに出ると、客待ちの辻馬車の御者たちが4、5人近付いてきて、彼に乗車を勧める。しかし博物館のある町の名を言っても、まるで通じない。

そこで法龍は、御者たちに向かって、「ギメー、ギメー」と叫んでみた。だが、これもまったく通じない。これは発音が違うからだ、と気が付き、
ギメー、ギーメー、ギメと長短伸縮高低を変えてさまざまな発音を試みているうちに、一人の老馬車屋がやっと気付いて、「ギメ、ギメ」と呼びながら馬車を持ってきた。それから約40分後、馬車は無事、ギメ博物館の前に止まった。

「その時の嬉しさは今に忘れることができない」

遥かのちになって、彼が語った失敗談である。

研究ノート