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ダライ・ラマのタワン訪問

2009年11月10日
ダライ・ラマがアルナーチャル・プラデーシュのタワンを訪問して、中国が猛反発していると報じられている。
このブログでも報告しているように、アルナーチャルの特にタワン地区は、今年になって立て続けに訪れた場所でもあり、とても無関心ではいられない。
アルナーチャルは中印間の領土をめぐる対立の焦点の一つである。
タワン地区に住むモンパ族は、マクマホン・ラインによって南北に分断されたままだ。
1962年には大規模な国境紛争の舞台となった。
タワンはダライ・ラマが1959年にインドに亡命する際に通ったルート沿いでもある。

これだけ因縁の重なる土地でダライ・ラマが何を祈り、何を語ったかは興味が持たれるところである。Arunachal 2009.9 1404
タワン地区の寺々では、宝座にダライ・ラマの写真が安置されている。
ある大学教員の日常茶飯