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タワンへの旅(4)

2009年10月09日
Wさんの事務所での一連の打ち合わせ、自動車の手配、支払いなどを済ませた後、われわれはディランに移動した。
Arunachal 2009.9 446
*ディランの町。中心は向かって左側の岸の突き出た部分。

定宿のディラン・リゾートがグループで満員になったため、私は、K坂さん、I本さん、カウンターパートのTさんといっしょにディランを見下ろす新しいホテルに泊まった。10歳くらいの男の子が蝶ネクタイをしめてボーイをやっているのがおもしろい。部屋は1泊1000ルピーと高いが、ここは黙って泊るしかない。

河西回廊が涼しかったこともあって、インドに来てから暑さに悩まされ、水をがぶ飲みしては汗をかいていた。これからは寒くなるので風邪など引かないように注意しなければならない。たださえインドは国外から新型インフルエンザが持ち込まれることに神経をとがらせている。われわれもあらかじめ新型インフルエンザに罹っていないという病院発行の証明書を旅行代理店に提出させられたほどである。

翌朝9時、私はタワン目指して出発した。目的はタワンの代表的なゴンパをできるだけたくさん見ること。同行するのはガイドのカナックとドライバーのオージット(二人ともアッサム人)だけで、他のメンバーはディラン周辺に留まる。一人で車一台を自由に使えるのは贅沢だが、日本人一人というのは少し心細い。

峠道で前を行く車に追いついた。工事現場で停止した時に、車から大柄な西洋人が降りてこちらに来るので、私も降りて応対した。チベット学者のToni Huberだった。昨夜アンドーさんに会いに来た外人の研究者がいて、フューラー・ハイメンドルフの最後の弟子だと聞いたが、それが彼であった。奥さんで研究者のMonaも一緒である。彼らとはセ・ラ峠の茶店でもう一度会い、タワンで夕食を共にして情報交換する約束をしたが、結局は会えずじまいだった。

昼食は峠を下ったところにあるジャンの村のモンパ食の食堂でモモを5個ほど食べる。モンパ族の伝統食は、モモ(マントウか餃子に似たもの)やトゥクパなどチベット料理そのものだ。それからキムナシュ・ゴンパに向かう。Arunachal 2009.9 480
*ジャン大滝。



 



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