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陰謀、陰謀論、陰謀論論

2020年03月10日
陰謀とは、人知れず企てられたよからぬ計画を意味する。陰謀論とは、歴史上の大事件などを陰謀という観点から解釈説明しようとするものである。例えば、明治維新の陰には○○の資金が動いていた、など。そして陰謀論論とは、陰謀論を批判的に論ずるもの、とひとまず定義しておこう。

呉座勇一氏の『陰謀の日本中世史』(角川新書)は陰謀論論としておもしろく読むことができる。もっとも、私は本能寺の変と結論部だけを読み、それ以外に読み進めていない。呉座氏自身、本能寺の変を陰謀の真打と呼んでいるから、これでも許してくれるだろう。

光秀の謀反の動機については、怨恨説、野望説、黒幕説、勤皇説など諸説ある。陰謀論が幅を利かせるのは、専ら黒幕説、つまり光秀の背後に共謀したり、そそのかしたりした者がいたとの説においてである。その黒幕にも諸説あって、朝廷、足利義昭、羽柴秀吉、徳川家康、はてはイエズス会までが黒幕認定されている。なかなかの活況なのである。呉座氏は、こうした説を次々に斬りながら、陰謀論の法則めいたものをいくつか引き出していて、これがなかなかおもしろい。その中に、事件によって最大の利益を得た者が真犯人と考える、というのがある。秀吉や家康を黒幕とするのはこの発想である。実は我々も日々こういう発想をしがちであり、この指摘はその戒めになるだろう。

ちなみに氏自身は、突発的単独犯行説を取っている。つまり、たまたま転がり込んできたチャンスをものにすべく動いた、ということである。その背景として、最近斯学で注目されているという信長の四国政策の転換を挙げるが、この辺は私には専門的過ぎて興味がわかない。ただ、光秀がこの時何歳であったかは重要に思われる。ドラマの影響か、秀吉と同年配の働き盛りをイメージしがちだが、実は、かなりの老境に達していたとの説が有力だそうで、事実とすれば、動機の解釈も自ずから違ってこよう。

光秀が本能寺を襲った理由のひとつは、信長の「唐入り」を阻止するためだったという説もある。そういえば、大河ドラマ「秀吉」でも、「唐入り」どころか、天竺までも制覇する夢を語る場面があったと記憶する。これだと、光秀は太平の世を招来するために謀反を起こしたとの説明が可能になり、「麒麟」のテーマと合ってきそうな気もするのだが、どうだろうか。
この手の話題はこれまでにしたいが、ひとつ分からないのは、秀吉の「中国大返し」である。秀吉が事前に謀反を知らなかったとして、どうしてあんなことができたのか、素人にも分かるように、誰か説明してくれまいか。
うかつにも最近まで気付かなかったのだが、「麒麟」の時代考証を担当しているのはあの小和田先生である。小和田先生には、信長暴虐非道阻止説がある。つまり、光秀の動機は、信長の暴虐非道な行いを阻止することにあったということである。落としどころは、このあたりかな。
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