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高野山真言宗広島青年教師会

2020年02月08日
2月6日(木)
高野山真言宗広島青年教師会に招かれて、福山市にゆき、「南方熊楠と真言密教」という題で話をさせてもらった。会場は福山駅前の天満屋裏のフロリダという元ダンスホールで、まだミラーボールも下がっていた。手作り感あふれる、なかなか結構な会場であった。僧侶以上に一般のひとがたくさん来られた。

終わって、駅前のホテルにチェックインしてしばらく休んだあと、懇親会に参加させてもらった。会長の坂田師、事務局の平山師にはすっかりお世話になった。坂田師は、熊楠について深い知識をお持ちだった。平山師は、私が前に訪ねていろいろ教えてもらった宮島の大願寺の方で、この点でもご縁を感じた。また私が高野山大学に赴任した頃に学んでおられた菅梅師、御室派全国青年教師会会長の鈴木師にもお目にかかれて、大変ありがたかった。

2月7日(金)
8時半にホテルを出て、鞆の浦に観光に行った。鞆の浦は景観保全の問題やジブリの「崖の上のポニョ」で知られるようになった港町である。瀬戸内の潮待ち、風待ちの港として古くから栄えた。福山駅前からバスで30~40分で終点の鞆港に着く。時間がまだ早かったため、土産物屋は閉まっていた。その分静かに散策できたが、往時の鞆の浦は水運や製鉄・酒造などの地場産業でそれは栄えたらしい。小高い丘の上に歴史民俗資料館がある。その一帯は鞆城の跡で、京を追われた足利義昭が住んだのもここだったようである。大河ドラマ「秀吉」では、本能寺の変を察知した義昭が、鞆の浦から水攻め中の高松までやってきて秀吉に保護を頼み、中条きよし演ずる安国寺恵瓊にとがめられるという場面があった。歴史的にはあり得ないのであろうが、なかなかの名場面だったと思う。
鞆の浦は坂本龍馬にも縁があり、龍馬が隠れたという商家もあった。いろは丸が沈んだのも鞆の沖合とのことであった。
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 *鞆の浦のシンボル、常夜灯(安政六年建設、地元ではとうろどうと呼ばれている)。

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*港に至る道。右側は、七卿落ちの際に三条実美等が宿泊したという豪商の屋敷。

鞆の浦とか、田辺とか湯浅とか、そういうところでゆっくり羽を伸ばしたい。そういえば、この間、電話でS須先生に、「君、ちょっと遊んだらどうかね」と言われた。まあ、その通りだが、それは老後の楽しみに取っておこう。

11時半には福山駅に戻り、3時過ぎには帰宅したが、出張続きで疲れがたまったのか、それからは何も手に着かず、寝てばかりいた。


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