FC2ブログ
07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

春の紀南

2019年03月19日

3月19日(火)

15日に卒業式を終え、翌16日から紀南(和歌山県南部、南紀とも)に2泊3日で調査に出かけた。

初日は田辺の南方熊楠顕彰館で資料を調べた。顕彰館は常設展示の模様替えの最中だった。この日は例によってパークサイド・ホテルに一泊。夕食は「あじみ」で生ホタルイカ、フグの唐揚げ、牡蛎雑炊をおいしくいただいた。

IMG_2578_convert_20190319141354.jpg

*潮岬の鯨山見(くじらやまみ=鯨の回遊の見張り所)から沖合を眺める。風が強く黒潮に白い波頭が無数に立っている。


翌17日はまず本州最南端の潮岬の灯台を訪ねた。それから紀伊大島に渡り、樫野碕灯台の旧官舎とトルコ記念館を見学した。樫野崎灯台は潮岬灯台と並ぶ我が国最初の洋式灯台である。二つともスコットランド人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンによって設計された。灯台の手前にある旧官舎が修理され、内部が見学できるようになっていた。ボランティアのおじさんの案内で各部屋を見て回る。この部屋はトルコ人たちを手当てした部屋、この部屋は昭和天皇がお休みになった部屋、この部屋はブラントンが灯台を設計した部屋、この伝声管は元は船のもので、ブラントンがフランス人、インド人の通訳を呼ぶ時に吹いたもの…

トルコ記念館は、2015年のエルトゥールル号遭難125周年を期して展示が一新され、「海難1890」のメイキング映像なども流れていた。


私が初めてここを訪れたのは大学3年生の夏であるから、今から40年も前のことである。高野山D院でしばらく食客をした後、五條から国鉄バスで十津川を経由して川湯温泉に着き、ユースホステルで一泊した。翌日は熊野本宮大社に参詣した後、新宮に出た。それから串本で電車を降りて、大島に渡った。当時は島と本土を結ぶ橋など無論なかったので、串本節に謡われている通り、「仲をとりもつ巡航船」で島に渡って、バスで樫野碕まで来たのである。その時には、数十年後にエルトゥールル号の研究に関与し、シンポジウムに参加するためにイスタンブルまで出かけるなどとは思いもよらなかった。

ここは私にとってはひとつの聖地である。


IMG_2589_convert_20190319143555.jpg

*灯台の近くに立つトルコ人殉難将兵の慰霊碑のひとつ。題字は大谷光瑞の書である。



フィールドワークの記録 | トラックバック(0)
« 春の紀南2 | HOME | 春の雪 »