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能海寛の故郷

2018年09月14日
9月14日(金)
一昨日、和歌山県庁まで行って国際課に挨拶し、Y下さんたちと来年1月のイベントについて打合せをした。すでにスケジュール案ができていた。いつもながらの早手回しである。それから県庁近くの旅行代理店に挨拶に行った。関空の連絡橋がああいうことになって、各社対応に追われ、疲労が蓄積しているとのことだった。実は和歌山県庁に入ったのはこれが初めてである。3年前からマハーラーシュトラ州との関係で急に国際課の人たちと関係が深まって今日に至る。

8日から11日までの4日間、資料調査と撮影のため島根県浜田市金城町に出張した。宿は3泊ともに明治屋さんであった。泊まり客はI倉先生と私だけ。そのI倉先生も3日目に帰られて、最後の晩は私一人であった。明治屋は1泊2食付きで6000円+消費税というリーズナブルな宿である。女将さんが食事と風呂を知らせにくる以外、森閑として何も起こらない。それがとてもよかった。

9月8日(土)
朝9時過ぎに家を出て、泉北高速線、大阪地下鉄、山陽新幹線、「いさり火号」、路線バスを乗り継いで波佐のときわ会館に着いたのは、8時間近く後の午後5時前であった。S田さん、O崎会長、B代さんに迎えられ、まずはU田さん宅で開かれた7月のシンポジウムの「反省会」に参加した。東京から来られたI倉先生、浄蓮寺ご住職も加わって座は盛り上がったが、例によって飲み過ぎたのが反省材料だった。
9月9日(日)
午前9時からときわ会館の会議室を借りて作業開始。雨が降っているため、資料を出してくるのに苦労したが、作業自体は徐々に軌道に乗った。私の仕事は、現物を所蔵資料リストでチェックしながら、撮影順に列べ、終わったら片付けること。
昼食時、あてにしていた村のコンビニが閉まっていたので、K林さんの車でわざわざ県境の峠を越えて広島県側まで食べ物を買いに行った。次回からは昼食も明治屋に頼めばよいことに気がついた。ついでに言えば、広島市からこっちは現金払いの世界である。現金は余分に持っていった方がよい。この日の作業を終えた時には6時を少し回っていた。
9月10日(月)
一日中作業。午後浄蓮寺のご住職が奥様手作りのお菓子を持って慰問に来て下さった。
9月11日(火)
午前中、資料館で撮影を行い、今回のスケジュールを終えた。K林さんたちを見送った後、S田さんに浄蓮寺と常盤山八幡宮に案内してもらう。来月20日に東洋大学で能海寛関係のシンポジウムがある。その前に能海が生まれ育った環境をできるだけ見ておきたかった。その後、金城の高速バス停まで送ってもらった。帰宅したのは8時過ぎであった。
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*金城町長田も稲刈りの季節を迎えていた。

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*流鏑馬の神事が行われる八幡宮の参道。この神社は、宇治川の先陣争いで知られる佐々木高綱に縁がある。高綱は高野山で出家した。手前の石灯籠には「支那事変応召者帰還記念」と刻んであった。忘れてはならないこの村の歴史のひとこまを見た気がした。同じくこの穏やかな山里から出かけて行った者の中にも、戦場から生還した者もあれば、能海のように二度と故郷を見ることができなかった者もいたのだ。
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