FC2ブログ
10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

草深い古寺

2018年05月27日

5月27日(日)

昨日、午前中に自宅に戻り、職人さんたちに差し入れをした後、いつも通り、泉ヶ丘駅前に出て昼食を取り、お茶を飲んだ。高野山に戻るには時間が早いので、南図書館で何冊か本をめくった後、思い立って、高貴寺を訪ねた。来週、高貴寺では慈雲尊者生誕300年祭が挙行される。K野さんからその案内を貰ったが、当日大学で所用があって行けそうもないので、前もって訪ねたのである。


高貴寺のある河南町は、泉ヶ丘からはそう遠くない。PLの塔が遠望できる範囲内である。行ってみると、参道の崩壊が前よりも進んでおり、危機の進行を感じさせたが、住職は相変わらず意気軒昂だった。「墨、擦りませんか」

墨擦りは遠慮し、いくらか話をした。当日は大勢詰めかけるという。寺に静寂が戻った後、学生たちを連れてくる方が良さそうに思われた。


高貴寺に来ると、気持ちが安らぐのを覚える。久しぶりで「草深い古寺」という言葉を想い出した。これは、子どもの頃に習字塾で与えられた課題である。小学生の時分、私は、親の方針で、毎週日曜日の午前中に開かれる習字塾に何年も通わされた。私は親の言いつけをよく聞く「よい子」であった。この塾の指導法は、先生にお手本を書いてもらい、それを見ながら一二枚書いて、先生に朱筆で添削を受けるというもので、何ら強制を感じさせるものではなかったが、私は内心これがいやでいやでたまらなかった。できれば塾を休んで、テレビを見ていたかった。才能もなかったのだろう、字は少しも上達しなかった。ただ、「草深い古寺」という課題をもらった時には、これが妙におもしろく思われた。すると不思議なもので、字も割合うまく書け、私は先生に誉められた。


考えてみれば、今の境遇に至る下地は、すでにこの頃には私の中にできていたのであろう。

私にとって高貴寺は、「草深い古寺」のイメージにぴったりの寺である。



ある大学教員の日常茶飯 | トラックバック(0)