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紅葉の谷

2017年06月16日

帰りは紅葉谷(もみじだに)の登山道を下った。他の二つ、大聖院コースと大元公園コースは、いずれも2時間はかかるという。1時から大願寺を訪ねる約束をしていたので、1時間ほどで紅葉谷公園まで下れるというこのコースを選んだのである。それにこの谷は景観がことに美しいらしい。

ところがこのコース、石段は整備されているものの、段差は大きく、したがって傾斜も急で、膝や足首の負担はかなりのものであった。

途中、まちがって左足を捻り、しばらく石段に坐りこんだ。もしもここで骨折したら、担架で運んでもらわなければならない。一瞬ぞっとしたが、痛みは次第に薄らいでゆく。骨折ではなく、軽い捻挫だ。それからは、ゆっくりゆっくり進んだ。

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渓流は自然のままではなく、堰堤がいくつも設けられている。紅葉谷公園の看板で知ったことだが、昭和20年9月、枕崎台風によって、この谷に土石流が発生し、厳島神社の境内まで埋めたそうである。こうして管理しなければ人里が危ないのである。

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*紅葉谷公園の入口近くにある老舗旅館、岩惣本店。1893年8月にこの島を訪れたオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公も岩惣に宿泊した(天野みゆき「外国人が見た明治・大正期の宮島」、県立広島大学宮島学センター編『宮島学』渓水社、2014年)。1914年6月28日、サラエボで暗殺され、それが第1次世界大戦のきっかけとなった人物である。


ようやく町に戻った時には、ジャケットが汗でずっくり濡れていた。昼食を取る時間はないので、売店の隅のカフェでコーヒーを飲みながら時間を調整し、1時に大願寺を訪ねた。

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弁財天のお寺として知られる大願寺は高野山真言宗に属し、住職の平山師は高野山大学の卒業生だ。ご祈祷で忙しい中、私のためにわざわざ時間を取って下さった。

ここを訪ねたのは、かつてこの寺の住職であった松峯光典師に関する話を伺うためである。松峯師は安政5年紀伊国湯崎の出身で、明治29年に大願寺の住職となり、この寺の荒廃を挽回した傑僧である。ゴルドンもまた松峯師の教えを受けている。このことについてははっきりしなかったが、松峯師に関する興味深い話を数々聞くことができた。宗派ネットワークは有り難いものだ。




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