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学術検討会初日

2016年09月02日
 北京の前門大街で買った絹のスカーフが家族に好評。こんなに受けるなんて珍しい。

8月20日 
この日から2日間が学術検討会の本番である。朝暗いうちに起きて、発言のためのメモを作る。思えば、この辺から私の寝不足が始まった。
 午前中は開会式、記念写真撮影、テーマ講演。昼休みをはさんで、主題討論、個人発表と盛り沢山な内容である。

 主題討論は、「阿吒力教の性質、定位、名称について」である。以下は私の発言要旨。

 昨日、大理密教の文化の一端に触れる機会をいただいたことを感謝している。それはバラエティに富むもので、その一部は文化人類学や民俗学の対象となるであろう。しかし、ここに集まっている研究者の多くが仏教、特に密教に関心を持つ者であるから、やはり仏教・密教という観点から検討・考察することが有益だと思う。
 多くの専門家を前にして恐縮だが、昨日からの学習を通じて、私は次のように理解している。南詔時代に雲南の地にはインド密教と中原の密教の流入があった。それは大理国時代に発展し、以後、白族の文化との習合が進んだ。元明時代には民間に浸透して、今日に繋がるさまざまな文化現象に展開した。
 そこで、次の諸点について、専門家の方々にお教えいただきたい。
1.大理密教=白密は、どの系統の密教経典を保持しているのか。また大理密教に唐代の訳経とともに、無上瑜伽タントラを含む宋代の訳経の影響はないのか。
2.その相承系譜はどうなっているのか。
3.今日の阿吒力教はいつ頃形成されたのか。言い換えれば、大理密教史のどの段階から後を阿吒力教と呼ぶことができるのか。
4.チベット仏教の影響がないとすれば、それは何故か。
 以上のような点がこの検討会を通じて明らかにされることを望む。

続いて、次の7氏に発言してもらった。お名前のみ挙げる。
 田中公明(日本・中村元東方研究所専任研究員)
 イェール・ベントール(イスラエル・エルサレム・ヘブライ大学教授)
 スダン・シャーキャ(日本・種智院大学教授、宗教センター主任)
 厳基杓(韓国・檀国大学教授)
 李翎(中国国家博物館研究員)
 ミーガン・ブライスン(米国・テネシー大学ノックスヴィル校副教授)
 董国勝(大理地震局原局長・高級行程師)

 なお私の通訳は、陝西師範大学宗教研究センターの楊暁華さんに受け持ってもらった。日本で学位を取った優秀なモンゴル人女性研究者である。
 
 このセッションの後、分科会に分かれて個人発表が行われ、日本からの参加者では、高野山大学の川崎一洋講師と松長恵史准教授が発表した。発表時間は10分に制限されており、前言と結論くらいしか述べられないなかで、高野山大学の研究レベルの高さを出席者たちに印象づけたと思う。

 夜の8時から、ホテルの一画で阿吒力教の儀式が行われた。これが大変な見ものであった。私はふと、9世紀に古代チベット帝国が崩壊し、出家教団が解体した後の中央チベットで、民間の習俗と融合していった仏教というのは、これにいくらか似た雰囲気のものではなかったか、という想いにとらわれた。

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フィールドワークの記録