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何年ぶりかの波佐で、いろいろ勉強する

2016年07月13日

7月10日(日)

 急いで朝食を取って、7時23分の通勤快速で広島へ向かう。改札口を出たところで、K本女史と今日のメインゲストのM宅先生が待っていてくれた。

 Nさんの車で浜田市金城町波佐(はざ)へ向かう。途中から運転がK本女史に交替する。どうしても運転しなければ気が済まないらしいので、私も覚悟を決めることにする。今年ゃ本厄だしな。「南無大師遍照金剛」…。祈りが通じたのか、無事波佐のときわ会館に到着して、10時からの総会に間に合った。それから総会、研究発表、講演会と続き、4時すぎにお開きに。いっしょに来た人たちが広島方面に帰るのを尻目に、後片付けを手伝った後、近くの明治屋という鄙びた旅館に草鞋を脱いだ。釣りの宿かと思いきや、最近はそういうお客は少なくて、冬のスキー客がメインだという。

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*明治屋さんのたたずまい。なかなか味わい深い。


 夕飯を済ませて、部屋のテレビで開票速報でも見ようとしていたら、研究会事務局のS田さんがやってきて、明日の打合せをかねて1時間ほど話をしていった。1泊延ばして波佐に留まったのは、能海寛資料を見せてもらうためだ。


7月11日(月)

 9時から2時間ほどかけて、チベット語文献を中心に見せてもらった。2時間で止めたのは、今回は現物をざっと見る以外何もできないことが分かったからである。基本データの蒐集はS田さんの手ですでになされている。それ以上のことをやるためには入念な準備が必要だ。「次は助手を連れてきますよ」


 私にとっての収穫は、むしろ、能海の「チベットでない」側面と、津和野藩の飛び地だったこの地方の民俗文化の豊かさに、多少目を開かれたことであった。後者に関しては、S田さんたちが半世紀も前から「実践民俗学」と称して農具・民具の蒐集をやっていた。機械化が始まった時機を巧みに捉えて、まだ現役だった道具たちを大量蒐集した。それらは金城民俗資料館に保管され、「地域まるごと博物館」を称える波佐の財産になっている。つくづく大した人である。


 帰りに、高速バスの駅まで、緑の濃い、山間の渓流に沿った道をS田さんの車で送ってもらいながら考えた。

 南方熊楠の研究に関わり、田辺を自分の「楽園」にして通い詰めている人たちを私は知っている。たびたび書いているように、田辺は実にいいところ、懐かしいところではあるが、この波佐も私にとってそういう場所になって悪かろうはずがない、と。波佐は堺からはうんと遠いが、今までよりは頻繁に行くことになりそうだ。再来年、波佐は能海寛生誕150周年を迎える。

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