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日本語教室の春

2016年03月22日
「あすははれでしょう」
この「でしょう」は推量を表す。
「疲れたでしょう?」
この「でしょう」は相手の同意を求めるものである。

ゲシェーらはテレビの天気予報をよく見ているらしいので、「あすは雨でしょう」「土曜日頃からあたたかくなるでしょう」という具合に、最初の「でしょう」はよく耳にしているはずだ。それがようやくテキストに出てきた。

一つのフレーズを教えると、彼らはすぐに応用を試みる。
「さくらが○○でしょう」の○○は日本語で何と言うのかと、ウセルさんが手真似をまじえて聞くので、これさいわいと「さく」という動詞を教える。辞書形が「さく」、ます形が「さきます」、て形が「さいて」、ない形が「さかない」、た形が「さいた」。第1グループの動詞である。

今度はナムギェルさんが、myu guも「さく」のか、と聞くので、芽は「さく」のではなく「でる」のだと教える。同じ様な調子で、草は「はえる」、枝は「のびる」と進み、最後に、

 春になったので、花がさいたり、めがでたり、くさがはえたりしています。鳥もないています。

とまとめた。「・・・たり、・・・たり」もこの間学習したばかりだ。
話がどんどん横にそれるようだが、その時その時のニーズが最大の学習動機だからこれでいいのである。これで彼らも日本の春の情景をいくらかは言葉にすることができる。
彼らは南インドの僧院で長く暮らしていたから、こんな厳しい冬は少年時代以来だっただろう。一冬彼らを見てきたから、春を待ちわびていた気持ちは痛いほど分かる。

ある大学教員の日常茶飯
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