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昔見た夢

2015年10月08日
9月17日(木)
シンポジウム2日目であるが、私は朝から別行動を許してもらい、一人で旧市街に出かけた。まだ考古学博物館を見ていなかったからだ。小泉と善連が訪れたと思われる場所でまだ行っていないのは、ドルマバフチェ宮殿、スィルケジの駅、考古学博物館などである。次にいつイスタンブルに来られるか分からない。特に考古学博物館は是非にという気持ちがあった。シュレイマニエ・ジャーミーとガラタ塔も行ってみたいが、これらは今回は無理だと判断していた。

考古学博物館は修理改装中であった。ここだけではなく、トプハーネのモスクもユルドゥズ宮殿のモスクも、観光シーズンなのになぜか、修理中であった。おかげで、考古学博物館の目玉の一つである伝アレクサンドロス大王の柩を見ることができなかったが、シュリーマンがトロイから発掘した遺物の一部などを見てそれなりに満足した。

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*金角湾の入口に張られていた大鉄鎖(考古学博物館)。これがあるためにメフメット2世は、艦隊を山越えさせるという奇策に打って出た。越えたのはペラの高台の辺りだというから、相当な急斜面を上り下りしたことになる。

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トラムのギュルハーネの駅から坂道を登って考古学博物館へ行く途中、道端に石棺や石柱が無造作に置かれていた。それが、昔見た夢の光景によく似ていた。でもあれは確か場所はローマだったような・・・

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博物館を出て、トプカプ宮殿の入口の土産物屋で厄除けの青目玉を買って買い物の仕上げをした後、ギュルハーネに戻ってトラムに乗った。スィルケジのオリエント急行の駅には我慢して降りず、終点のカバタシュまで乗る。それからドルマバフチェ宮殿の側を通って、海軍博物館まで歩いてゆくと、ちょうどいい時間で、まもなくシンポジウムが閉じられ、記念撮影の後、軍艦のクルージングに参加することができたのであった。(→軍艦でクルージング)

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*ルメリ・ヒサール(ヨーロッパ側の要塞)。ボスポラス海峡のほぼ中間点、海峡が最も狭まったところにあるこの要塞は、メフメット2世がコンスタンティノープルを攻略するために造営した。背後に見える吊り橋はボスポラス大橋。対岸のアジア側にはアナドル・ヒサール(アナトリア側の要塞)がある。

この日の夕食は、ハルビエ・オルドゥ・エヴィの23階のレストランでの日本勢の解散式となった。メインは魚料理。終わって、空港まで送ってもらい、堀川先生たちと一緒に飛行機に乗った。ゲートはメッカに大巡礼(ハッジ)に出かける人々で混雑していた。

 関空に着いたのは18日の夕方だった。 ここからは何日か前に書いた「心臓がドキドキ」につながる。

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*御世話になったM沢先生とトルコの人たちに感謝!

ついでながら、エルトゥールル号事件を題材にした日本・トルコ合作映画「海難1890」が12月5日に封切られる。
フィールドワークの記録