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タイル、タイル、タイル

2015年10月02日
9月14日(月)
昨夕から今朝にかけて、日本からの参加者が到着して、この日の朝食は賑やかなものになった。みなさん、トルコやアラブの専門家だ。
イスタンブル滞在中、朝食は2階のレストランで食べた。くだもの、蜂蜜、チーズ、ヨーグルトをよく取るので、お腹の調子がすこぶるよかった。

食後、それぞれの行動に移る。私はトプカプ宮殿の見学組に入る。
タクシン広場まで歩き、そこから地下に降りてケーブルカーに乗り、カバタシュでトラムバイ(路面電車)に乗り換えて、旧市街に向かう。この時に買ったイスタンブル・カードという交通機関用のプリペイドカードがあとまで役に立った。このあたり、イスタンブルに慣れた人ばかりなので実に気楽である。

イスタンブルは坂の町である。おまけに、石敷き、というよりは石を植えた路は歩きづらい。私は新調したばかりの靴を履いていたため、すっかり靴ずれを起こしてしまった。タクシー、バス、路面電車、地下鉄、ケーブルカーをどう乗りこなすかが、イスタンブル・レッスン初級の要点らしい。

トプカプ宮殿に入って、真っ先に向かったのはハレムである。ハレムは混むので先に見た方がよいという判断だ。一度かの有名なハレム(の跡)が見てみたい、というのは人情だろう。日本でも、江戸城の大奥が残っていたら今頃大人気スポットになっていたに違いない。
私は、デリーのラールキラーとアーグラのアーグラ城でも、ムガール皇帝のハレムだった場所を垣間見ているが、荒れているせいか、暗く閉鎖的な感じで、マイナスのイメージを持っていた。ここは、それとは大違いであった。

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ハレムはどの部屋もタイルが美しかった。イズニック・タイルとはこれを言うのだろう。あとのお土産のためにも、目を肥やすつもりでじっくり見ていたら、時間がどんどん過ぎた。それから宝物館に行こうとしたが、そこは待ちの行列が長大になっている。これは諦めて、陶器の部屋などを見てから、待ち合わせの場所に戻った。

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*トプカプ内の土産物屋で、こういう皿を買った。いや、これは考古学博物館内のタイル博物館にある16世紀イズニック・タイルの名品。これに似たやつを買ったのである。伝統柄のチューリップとカーネーションが組み合わせてある。こういうのを買いあさるためだけに、イスタンブルにもう一度行ってもいいくらいだ。

ランチはM沢先生お勧めのピデ(ピザ)屋に入って、ぱりっと焼き上げられた舟形のピザを食べた。それから大阪大学のF田先生と私は、M沢先生に案内されてグランド・バザールなどを回った。

私は、直前に見たテレビの旅番組の影響か、グランド・バザールに入れば、たちまち方々から「コンニチワ」、「ニホンジンデスカ」などの声がかかり、何かとちやほやされるのではないかという錯覚をどこかに持っていた。ところが、だれも「コニチワ」などとは言ってこない。
初めてかけけられた言葉は、「ニーハオ」。横を向いて相手にしなかったら、ようやく「コニチワ」。まあ、これでいいのである。外国の盛り場で日本語で声をかけてくる者がいたら、何かを売り付けるか、こちらにその気はないのに、勝手に着いてきて、あとで案内料をせしめようとするか、いずれにしても、ろくなことはない。

グランド・バザールを出て、本屋街を通り、イスタンブル大学の近くからタクシーに乗って、総主教座とギリシア人学校を見にゆく。それからバスで新市街に取って返し、イスティクラール通りのあちこちでお土産物色の手伝いをしてもらう。それにしても、M沢先生のガイダンスの、かゆいところに手が届くような丁寧さよ。自分はここまではできないが、こうあらねばならないと、つくづく感銘を受けた1日であった。



フィールドワークの記録