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ハルビエ・オルドゥエヴィ

2015年09月25日
9月13日午前5時半、トルコ航空機はイスタンブルの空港に降り立った。出口で海軍からの出迎えを受け、差し回しの車に乗り込む。助手席には自動小銃を持った兵士が乗っている。イスタンブルは特に治安が悪いとは聞いていないので、これは軍隊流の出迎えの作法なのだろう。天候は雨の後の曇り。イスタンブルは北緯41度で、函館とほぼ同じである。9月はかなり涼しいと聞いていたが、それほどでもなさそうだ。

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*夜明けのモスク。毎朝5時半過ぎにミナレットから朝の礼拝を促すアザーンが流れる。

車は金角湾に架かる橋を渡って新市街に入る。

6時45分、宿舎であるハルビエ・オルドゥ・エヴィに到着した。ハルビエは地名、オルドゥは軍、エヴィはホームの意という。後で聞くと、トルコ軍の保養施設である。少々古そうだが大きく立派な施設で、タクシン広場まで1キロ以内と立地もいい。
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*イスタンブルはどこへ行ってもトルコ国旗が翻っていた。日の丸は私たちのために揚げてくれたもの。さすが親日国である。

今日は、午後からボアジチ大学のエルダル先生が来てくれて、旧市街を案内してくれることになっている。それまでは休んでいていいのだが、2時間もすると外出したくなった。
ガイドブックを見ると、オルドゥ・エヴィのすぐ北に軍事博物館がある。さっそく出かける。

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*軍事博物館の入口に置かれた砲身(424㎝)。1453年のメフメット2世によるコンスタンティノープル攻略戦に使われた可能性があるという。事実とすれば、これぞ、テオドシウスの大城壁を撃った「国崩し」の巨砲である。

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*コンスタンティノープル攻防戦をパノラマ的に描いた絵。右下に大砲の模型も置いてある(軍事博物館)。

とにかく規模が大きい。疲れが取れないのか、途中から根気がなくなって、飛ばし飛ばしになったが、トルコ人の尚武の気風は十分に感じられた。中央アジアに発した彼らの先祖が何世紀もかけて西に移動して、最終的にこの地を得た。それまでにいったいどれほどの戦いを経験してきたか。

たまたま日本語の分かる館員がいて、その人から、日本に関係のある品は二つしかないと聞いて、確認しておいた。入口近くに展示してある日本刀と、朝鮮戦争時に入手したという日本製の小銃である。この博物館では、午後3~5時、有名なメフテル(軍楽)の実演が行われる。私はこれを楽しみにしていたのだが、結局時間が合わなくて見ることができなかった。
ハマム(蒸し風呂の共同浴場)も同様である。これらは次回に取っておこう。

なおイスタンブル滞在中、治安に不安を感ずるようなことはまったくなかった。イスタンブルは近代化の進んだ国際観光都市である。ただシリアに接するトルコ東南部は厳戒態勢がしかれているという。シリアから難民が押し寄せ、トルコからヨーロッパに渡ろうとして多くの悲劇を生んでいることは周知のことだ。
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