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赤倉温泉行

2015年08月27日
8月23日(日)
9時12分発のサンダーバード9号で大阪駅を発つ。前夜、ようやく発表原稿をM沢先生に送ったばかりなので、眠い。金沢で北陸新幹線に乗り換え、13時37分に上越妙高駅に降りて、Mさん、Iさんの出迎えを受けた。お二人とは初対面である。驚いたのは、K村さんとMさんが、何十年も前に同じ高校の先輩後輩の間柄にあったことである。K村さんがあるスキー大会で優勝した時、「私はコース作りを手伝いました」。

Mさんは、私との事前の電話のやりとりの中でこのことに気づいたらしい。一番驚いたのは、K村さんである。あとあと何度もその驚きを口にされた。結果的にこの再会を取り持ったのは、誰あろうこの私である。山田太一のドラマのタイトルを借りれば、人生は「ありふれた奇跡」に満ちている。

まず向かったのは、Mさんのお宅である。そこで、限られた時間ではあったが、I さんがわざわざ隣の市からお持ち下さったたくさんの資料を拝見した。その一部は許可を得て、同行したNさんとKさんが写真に撮ってくれた。
その中に、葬儀の祭壇を撮ったものがあったので、今日の午前中、茨城の妙行寺に送って見てもらうと、それは今から70年あまり前、大宮孝潤師が導師となって東京の大森で営まれた葬儀の時の写真であることが判明した。ここでも何かがカチッと繋がる手応えがあった。

3時過ぎ、車二台に分乗して赤倉温泉に向かう。台風の影響か、ひどく曇っていて、時折小雨がぱらつく。

赤倉温泉は妙高山連峰の山塊を仰ぎ見る高原の温泉郷で、かなりの傾斜地にホテル・旅館、土産物屋、レストランなどが軒を連ねている。大正時代、軽井沢などよりも早くからリゾート開発が進められ、周辺には久邇宮家を始めとする貴顕紳士の別荘が多く建てられた。シーズンはむしろ冬で、最近はオーストラリアなど外国からのスキー客が多いという。

この温泉での宿である「高原ホテル対山(たいざん)」に荷物を置くと、G荘に向かった。その昔、夏場になると東京から避暑をかねて研究・執筆にやってきた河口慧海がよく立ち寄った家である。慧海に「不知庵」という庵を提供していたのは、別荘「五秀山房」を持っていた日本画家の松林桂月である。「五秀山房」も「不知庵」も、今はもうない。

G荘の方々からお話を伺った後、この地で没した岡倉天心を記念した天心公園などを案内してもらった。

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*天心公園に立つ六角堂。五浦の六角堂を模したものだろう。中には天心の胸像が収められている。天気がよければ、妙高の峰が見えるはずだが、名物の霧がはばんでいる。


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