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寺本婉雅について

2008年12月07日
 大谷大学での講演は滞りなくすんだ。
 いつもの癖で、内容を盛り込み過ぎたので、一般の聴衆にはちょっとわかりにくいところがあったかもしれないが、皆さん熱心に聴講して下さったと思う。
 大谷大学のロバート・ローズ先生が聴きにきて下さったのも感激だった。

 終わって、この講座を主宰する同大の三宅伸一郎先生に、寺本婉雅(てらもと・えんが)関係資料を見せてもらった。
 寺本は慧海と同時代の入蔵者の一人で、慧海や能海寛(のうみ・ゆたか)に比べて、研究が遅れている人物である。その新出資料を三宅さんたちは整理している。

 寺本は、慧海などとは違って、軍部との関係を持つ、ある種志士的な人物であったようだ。かつて慧海もスパイと疑われていたが、今はそういう背後関係はまったくなかったことが分かっている。慧海の場合、背後関係がないと分かって、みんな、よかった、よかった、となっているのだが、寺本がおもしろいのは、むしろ福島安正を始めとする日本軍の諜報関係者と密接な関係があったことだ。それが彼のイメージを損なってもいるのだが、私は、だからおもしろいんじゃないか、と言いたい。
 またそれはそれとして、彼の学問的な業績もきっちり評価しなければならない。だいたいターラナータの『印度仏教史』だって、寺本訳はよくないなんぞと言われながら、みんな参照はしているわけだし。有名は北京版チベット大蔵経は、義和団事件のどさくさの中で日本のものになった。それを最初に見つけたのは本願寺派の川上貞信であるが、それを確保し、軍部の協力で日本に移送した立役者は第五師団司令部通訳官として従軍した寺本である。
 そのこと自体の是非はともかく、それが戦後影印版で出版されたことが、世界の仏教学・チベット学の発展にどれほど寄与したことか。

 三宅さんとは、今度の講座のメンバーを中心に研究会でも立ち上げようと言って別れた。
研究ノート