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Y永さんを偲ぶ会

2014年11月19日
11月15日(土) 午前11時より、大阪港駅そばの中華料理店で開かれた「Y永さんを偲ぶ会」に出席した。Y永さんが亡くなったのは9月28日で、隊長の8日後である。

Y永夫人を主賓に、大阪山の会、日本ネパール協会、日本山岳会、静岡山岳会から縁の人々が集まった。私の席は高山先生と平林先生の間であった。

はじめの1時間ばかりは、追悼のことばや思い出を述べ合ったり、昔の写真を上映したりして過ごした。その写真の中には、まだ若かったY永さんや隊長たちに混じって、これまた若いテンジン・ヌルブや、テンジン・ヌルブの原作で作られた映画「キャラバン」で主役を演じたツェレという老人が写っているものもあった。Y永さんたちがよく使っていたシェルパのアンプルバの姿もあった。最後に夫人が挨拶されたが、これがまた味があった。無口なところが好ましいと思って結婚したら、どんどん山に行ってしまうし、旅先からどっさり本を送ってくる。いまいましくて、それを蹴飛ばしても足痛いだけやし・・・

こうした話を聞いたり、写真を見たりしているうちに、私は、Y永さんについて自分がほとんど何も知らないことに気が付いた。それは隊長についても同じで、人はそうやって出会い、別れてゆくしかないのだという気がした。

Y永さんは、たくさんの文章を残されている。この日以来、そのいくつかを読み、この人が何を感じていたかを考えている。

Y永さんには訳書も多い。私のような家業の者にとって特に重要なのは、イギリスのチベット学者スネルグローヴの『ヒマラヤ巡礼』(白水社)である。スネルグローヴも山が好きでチベット学者になったような人だから、Y永さんも容易に感情移入できたのだろう。専門用語にも意を用いたすぐれた訳業である。その中から、以下に私の好きな一節を掲げ、悼辞に代える。

「足で歩く旅の楽しみは、一日一日の緩慢な行程を積み重ねて、日ごとに高まってくる行き先への期待に胸を躍らせながら、やっとたどり着く、その喜びである。そして、最後の峠に登り着き、自分の足もとに、この谷を見下ろすことができたときの、静かに身にしみわたる満足感と、物事をやっと成しとげたときのあの幸せに満ちた感情、それを私は、人生における最良最高の体験であることを信じて疑わない。このような旅の様態は、この国では、いまに至るまで少しも変わっていない。1000年の昔、知識を求めてこの地にやってきた、チベットの僧侶や学者たちも、現代のわれわれとまったく同じ気持をもって、同じ峠から、このネパール・ヴァレーを見下ろしたにちがいないのである」

ご冥福をお祈りいたします。





追記
宴が終わって引き揚げる時、Y永夫人か誰かが、
「奥山先生の名前は聞いていたけど、こんなに若い人だとは思いませんでした」

もって、参会者の平均年齢の高さが知られるわけだが、考えてみれば、大阪山の会の北米遠征隊がアメリカ・カナダのロッキー山脈の岩峯に登りまくっていた頃、私はまだ10歳にもなっていなかったのだ。隊長やY永さんとつきあい始めた頃の私は、今以上に跳ね返りの小生意気な若僧に過ぎなかった。それを彼らは辛抱強く遊んでくれたのだ。

帰りに道草を食って、「ろおじ」に寄ったら、S賀さんが例のマシンガントークで慰めてくれた。

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*堺夕景 「キャラバン」ならば、ラストシーンの雪の坂道を下ってゆくヤクの群だが、私はチンチン電車で前に進む。

ある大学教員の日常茶飯