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カルカッタの夜

2014年09月08日
2001年の1月のこと、スリランカでの調査を終えてから、私はカルカッタ(今はコルカタだが、敢えて呼びたいカルカッタ)に飛んだ。途中、チェンナイ(旧マドラス)の飛行場で乗換のために随分待たされたので、カルカッタの飛行場に着いた時には午後8時を回っていたと思う。

この時、何と、私はホテルを予約していなかった。タクシーで、サダル・ストリートまで行けば何とかなると思っていた。そこにどのような事情があったかは記憶にないが、今から考えれば、魔都カルカッタをなめてかかっていたとしか思えない。
カウンターでサダル・ストリートまでのタクシー料金を先払いし、証明書をもらって、運転手と一緒にターミナルビルを出た。

まず驚いたのは、寒かったことである。荷物運びの男たちがみな頭から布をかぶり、白い息を吐いている。インドで息が凍るというのは思ってもみない体験だった。

タクシーは大通りを走った。電力事情からか、街路は驚くほど暗い。あちこちから水蒸気のような煙が立ちのぼっている。対向車はほとんどない。このメガロポリスがゴーストタウンのようだ。そこに時折、真っ黒な人影が動いているのがかえって不気味だった。まるでハリソン・フォードの「ブレードランナー」のセットを何百倍にもしたような町並みが延々と続いていた。

サダル・ストリートに着いた。ここもやけに暗い。トランクから荷物を出してもらうと、私はすぐその場を離れた。この町のタクシー・ドライバーは油断ならないと思っていたからだ。サダル・ストリートは著名な安宿街で、ゲストハウスが軒を連ねている。ところがそのことごとくが入口にシャッターを下ろしているではないか。そんなに遅い時間ではない。冬だから早じまいか。

シャッター越しに「部屋はないか」と呼びかけると、中で「ないよ」と答える。おそらくは従業員が、シャッターの向こうに寝ているのである。二三軒回ったが、すべて同じ調子であった。
私は漸く、自分がかなりまずい立場にいることに気がついた。サダルストリート界隈は治安があまりよくない。私は荷物を持っている。荷物をもったまま途方に暮れてうろうろしているのはいかにもまずいではないか。

この時、どうして表通りのチョーリンギーまで出て、オベロイグランドなりサルべーションアーミーなりに掛け合う智恵が湧かなかったのか、自分でも不思議でならない。

そこに、計ったように一人のやせた男がやってくる。
「檀那、いいホテルありまっせ」
「ノー!」
こういう場合、うかうか路地裏などについてゆくと、恐いお兄さんたちが現れないともかぎらない。

だがその男はその場を去らず、少し離れて私を観察している。私がサダルでは部屋を得ることができないことを見通していたのだと思う。時々近づいてきては、「部屋あるよ」を繰り返す。

暗く寒い路地を行ったり来たりしている間に私の頭に浮かんだのは、
「ひょっとすると、朝までは生きていられないかもしれない」

精根尽き果てて、私はついに男に言った。
「OK、そのホテルに案内してくれ」

結局、その男は、途中で強盗に変身することもなく、まあまあの商人宿に私を案内し、チップは明らかにほしがってはいたものの、自分から100ドルよこせ、などと吹っかけもしなかった。私は感謝しつつ、ケチな私としては多額のチップを渡したのであった。
朝外に出てみると、そこはニューマーケットのそばで、穏やかな冬の陽が降り注いでいた。昨夜のことなどまるで嘘のように。
フィールドワークの記録