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「清洲会議」

2014年01月22日
映画がおもしろかったので、三谷幸喜の原作本(幻冬舎文庫)で復習しておいた。普通はここまではしないのだが、ラストシーンが気になったからだ。
秀吉と寧が土下座して、馬上の勝家らを見送るシーンである。そこには勝家与力の利家も当然いるし、映画では滝川一益も確かいたと思う。この時、役所広司の勝家、一瞬、片頬だけ笑うと、すぐに厳しい顔に戻り、「大儀である」と言い残して去ってゆく。
これはこれとして理解できる。原作本も同じである。ただこれだと勝家が秀吉にやられっぱなしということになり、少々可哀想ではないか。そこで別のラストシーンを考えてみた。

勝家と一益に馬上で高笑いさせる。
地の底から湧いてくるような不気味な哄笑である。
思えば、会議は勝家にとっては無理な「戦」だった。秀吉の術中にはまったのも仕方がないことだ(歴史的事実というよりこの物語の設定として)。そういう無理をして滑稽な役回りを演じさせられた自分も含めて、今の状況を笑い飛ばすのである。この哄笑には、本物の戦では負けない、今度会ったら一泡吹かせてくれる、という気概も含まれている。それが一瞬、秀吉をぎくりとさせる。

こんなんでどうでしょうか。

歴史は、それから一年も経たないうちに、秀吉によって、勝家が御市の方と共に北庄で亡ぼされてしまうことを教えてくれている。非情なものである。滅びゆく者たちに最後の栄光を。ちょっと甘いかな。

読書ノート