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長ーい一日

2013年10月06日
10月2日(水)
早朝5時過ぎに家を出て電車で伊丹空港に向かう。国際線乗り継ぎとしてチェックインし、全日空機で成田へ。成田は台風の影響で雨だった。サンフランシスコで乗り換えてローリー・ダーラムに行くという最初のプランをワシントンDC乗り換えに変更したのは、見知らぬ街に夜の10時過ぎに出るのを避けるためだった。

アメリカはタイムゾーンが4つに分かれている。目的地のノースカロライナ州はイースタンタイムゾーンに属し、日本との時差は13時間もある。日本とは昼夜が逆さまだ。

11時半に成田を全日空とスターアライアンスの共同運航便で飛び立つ。昼食が出てしばらくすると機内の灯りが落とされる。時差の調整のため眠った方がよいということのようだ。

映画もおもしろくないので、原稿を読み飽きた後はうつらうつらするしかない。

いつのまにか飛行機は夜のゾーンに入る。

セントラルタイムゾーンで8時10分、飛行機はミシガン湖上空にさしかかる。ミシガン湖を越えると、モニターには、ランシング、アナバー、トレドと、どこかで見たような地名が表示される。なるほど若き日の熊楠が歩き回ったのはこの辺りかと下界に目を凝らすが、眼下には似たような農村地帯がどこまでも続いているだけだった。
10時29分、ワシントンDCダレス空港着陸。外気温度は華氏77度(摂氏25度)である。ダレス空港は、アメリカの首都の空港とはちょっと思えないようなのんびりした雰囲気だった。

入国審査、税関ともまあまあ無事に通過し、地下の電車で指定された国内線ターミナルに向かう。腹ごしらえをして、待つこと数時間。1時間遅れで離陸した飛行機でローリー・ダーラム国際空港に降り立ったのは5時ごろだった。上空から見るダーラムは町というより森の中に家々が点在し、道路が通っているという感じであった。

ワシントンで預け直したスーツケースを受け取るのにはちょっと手間がかかった。ターンテーブルに私のスーツケースが出てこないのである。まさか、と思いながら、サービスカウンターに相談に行くと、私のスーツケースはそこにあった。おそらく一つ前の便で運ばれたのである。実は私自身、ワシントンに着いたとたんに、私のネームボートを持った人物に、一つ前の便に乗るように言われたのである。理由はその人にも分からないという。ところが、指定されたゲートがあるターミナルに行って、ユナイテッドのカウンターからボーディングパスをもらおうとすると、係りは、その飛行機はすでに満員だから、予定通り3時の便でゆきな、という。理由を説明しても受け付けてもらえないので、従わざるをえなかった。

まあ、万事こんな調子なのだろう。それが何か問題かと言われれば、別に、である。

ダーラムでの宿はキングズドータズ・インというクラッシックなホテルであった。「まるでスカーレット・オハラになった気分だわ」とは翌朝会ったドイツの女性研究者のことばである。学会の招待者はみなこのホテルに泊まった。

着いてすぐキム先生から電話があった。ディナーの誘いである。疲れていたがせっかくなので受けると、サルグエロ先生が車で迎えにきてくれた。場所はホテルから遠くないフレンチの店。そこの庭のテーブルでの夕食はとても気持ちのよいものであった。

8時半頃部屋に戻り、しばらくPCに向かったが、どうにも頭が動かないので、ベッドに横になり、長ーい一日を終えた。







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