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河口慧海の歌碑

2013年09月14日
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河口慧海の歌碑が宇治の黄檗山万福寺の境内に建立された。

万福寺文華殿の田中先生から、礼状、歌碑説明文、募財芳名一覧、記念品の色紙・絵はがきがまとめて送られてきた。
御影石の碑には次の歌が刻まれている。慧海の自筆だ。

「ゆきの原雪をしとねのゆきまくら雪をくらひつゆきになやめる」

最後の「ゆきになやめる」は「雪に悩む」と「行き悩む」を掛けている。この歌は『チベット旅行記』の第43回に出てくる。もとは『河口慧海日記』(講談社学術文庫)の1900年9月30日の条の欄外に書きとめられた歌である。この時慧海は、西チベットの原野で命の危険にさらされていた。あてにしていた遊牧民村がすでに引き払われていて食が得られなかった上、山羊が背負っていた荷物をいつのまにか落としたため敷物、靴、薬品などを失ったのである。そのため野宿し、「雪大いに降りて厳寒はなはだしくして眠ること能はず。加ふるに依雪眼病(雪眼)のために眼の痛み強くして通夜困難せり」という有様だった。

こんな時によく…、と思うが、こんな時だからこそ、自らを慰め励ますために、こういうどことなくおかしみのある歌を詠む、というのが正しいのだろう。このどんな時も余裕を失わない態度こそ彼の真骨頂だ。

この碑の側面には、タ・タイチョーがトルボのスムド・ゴンパでもらったというマニ石がはめこまれている。チベット文字で観音の六字真言「オン、マニペーメ、フーン」が刻まれた石だ。

慧海の顕彰碑は、カトマンズのボードナート、ラサのセラ寺、世田谷の九品仏浄真寺、同じく世田谷の旧宅跡にあるが、今回のは、彼の出身教団である黄檗宗の大本山に建てられたところに大きな意義がある。アメリカから戻ったら一度訪ねようと思う。
研究ノート