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K-GURS院生発表会と藤本さんの力作

2013年08月07日
先週の火曜日(7月30日)は、龍谷大学大宮学舎でK-GURSの大学院生発表会が開かれた。これに先だって、地下鉄丸太町駅の出口近くでアクティブKeiさんから出来立てのシンポジウムのチラシ100枚を受け取り、評議員会と発表会で撒かせてもらった。人文研のシンポジウムはK-GURSとは直接関係がないから、事務局の特別な取り計らいを得た訳で、恐縮この上なかった。

もっとも、ミシェル・モールさんは京都で長く勉強した人だからK-GURS関係者の中にも知り合いは多いのである。

さて、院生発表会では、今年も若手の意欲的な発表が行われた。今回の高野山大学大学院からの発表者は、この春密教文化研究所の受託研究員になった池田英司君である。テーマは、彼が長年取り組んできたインド密教の成就法であるが、専攻を異にする人にも分かるように語ってもらいたいという事務局からの要望を受けて、福神としての大黒天に言及するなど、彼なりの工夫が見られた点を評価したい。

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角川書店が出している『怪』は「世界で唯一の妖怪マガジン」と銘打たれたすごい雑誌だ。どのくらいすごいかというと、あの水木しげる先生が編集後記を担当しているくらいすごい雑誌なのである。その39号に見開き2ページの短い文章を書かせてもらった。題して「河口慧海 漂泊の思いに動かされた人」。「旅人 『怪異』を目撃し、伝承する人々」という特集の中のさらに「〝怪〟的旅人五傑!」の中に、木喰、菅江真澄、井上井月、山下清と並んでの登場だ。口絵には東北大学大学院が所蔵する河口コレクションの中から選ばれたタンカやツァツァや護符の写真が載っている。

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*ヒマラヤの娘の木版画をあしらった『山岳』Vol.108の表紙。

忘れてならないことがもう一つある。藤本慶光さんがついに「河口慧海勧請書」(東洋大学図書館蔵)の研究をまとめ、「河口慧海を支えた財界人とその時代」として日本山岳会の年報『山岳』Vol.108に発表したことである。「河口慧海勧請書」と呼ばれるのは、慧海が財界人井上公二に宛てた大正8年7月26日付けの手紙である。その中で慧海は、井上を始めとする財界人たちの資金援助を得て行っていたチベット語教授の成果として、初めて5人の卒業生を得たことなどを報告し、寄付金の収支を明らかにし、今後の経典翻訳計画へのさらなる後援を依頼している。「チベット後」の慧海が、自らが収集した貴重資料を基に何をどのように進めていたかを具体的に明らかにする貴重資料である。

藤本さんを「勧請書」研究に駆り立てたのは、最初の5人の中に藤本さんのお父上、藤本真光師が含まれていたことだったと思う。しかし、できあがった論文は、そうした個人的な想いを超えて、チベット語経典の翻訳などという「一文の得」にもならないような事業にも支援の手を差し伸べていた当時の財界人ネットワークの存在を照らし出すものとなっている。(その中には高橋義雄も入っている。梅ちゃん、これは事件だ!)

忙しい生活の合間をぬうようにして進められた研究には時間がかかった。その完成をお慶び申し上げたい。というのも今から10年ほど前、最初に藤本さんに出会った直後に「勧請書」を紹介したのは私だったからである。


ある大学教員の日常茶飯