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河口慧海と高村光雲

2013年06月12日
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日曜日の午後、タ・タイチョーのお宅に伺い、おささを少々いただきながら「学術的対話」にいそしんだ。最近はこういう時間がしみじみ貴重に思えるねえ。

月曜日の午後は大阪梅田に出張した。その前に時間があったので、北旅籠町の清学院に行って、「小さな特別展示 河口慧海と高村光雲」を見た。展示の目玉は、慧海がインドから持ち帰った白檀の香木を使って高村光雲が彫った「荒作大黒天」(あらづくりだいこくてん)である。

所有者の北村哲朗氏は新潟県赤倉温泉の出身で、旅館を経営していたお祖父様が慧海に依頼して制作されたのがこの像らしい。北村さんは今年1月の堺市博物館での講演会に来られた。これが縁になって今回の展示が実現したと聞いている。

赤倉温泉は慧海のお気に入りの保養地のひとつで、毎年のように訪れていた時期がある。滞在先は、ある時期から、画家松林桂月が提供する不知庵という小さな庵だった。赤倉には、岡倉天心の別荘「赤倉山荘」もあった。天心が没したのはここだ。

赤倉はいつか訪れてみたい場所である。

慧海は光雲と親交があった。光雲が慧海のために作った彫刻はあちらこちらに残っている。光雲は、自分が作った原型を基に弟子たちに頒布用の彫刻を作らせ、慧海の活動資金調達を助けていた。

二人がどのようなきっかけで知り合ったかははっきりしない。かつて二人がそれぞれに関わりを持った東京本所の五百羅漢(今は目黒)の縁か、それとも共通の知人である東京美術学校の校長正木直彦が二人を結びつけてくれたのか。光雲は千駄木にいたらしいから、根津に長く住んだ慧海とは家も存外近かったと思われる。この辺り、また調べてみたいと思っている。





研究ノート