05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

2日目 天皇寺高照院

2013年02月17日
2月10日(日)
1ヵ月近く前、四国大学の眞鍋俊照先生に電話したのは、四国遍路を研究する若手の研究者を紹介してもらうためであった。
「私が行ってもいいよ。君の顔も久しぶりで見たいし」
恐縮の極みであったが、おかげさまで、天皇寺の研究会は分厚いものになった。

坂出駅から12時55分の各駅停車に乗ると、八十場(やそば)までは1駅である。予め電話していたので、駅までお寺の人が迎えにきてくれていた。私たちの一行は、坂出駅中のうどん屋の前で京大の田辺明生先生を吸収して、全部で6人になっていた。

四国八十八ヵ所霊場第79番札所、真言宗天皇寺は、崇徳上皇を祀る白峰宮に隣接して本堂、客殿、庫裡などがある。予め聞いてはいたが、客殿にはすでに先達、檀信徒、寺族の人たちが詰めかけていた。2時近くになって、真鍋先生、それからこの近くにお住まいの竹内信夫先生がお越しになった。

最初に本堂で読経等があり、次いで客殿に戻って、沼野住職のご挨拶のあと研究会が始まった。

IMG_9408_convert_20130217150354.jpg
講演
眞鍋俊照先生「四国遍路について」
発表
梅原豪一氏「霊宝館設立を中心とする高野山文化財保存史の研究」
武田龍樹氏「カンボジア村落部に内戦とポル・ポト時代の死者をめぐる人類学的考察」

眞鍋先生のお話は、2010年に放送された先生の「四国遍路を考える」(NHKラジオテキスト)を下敷きに、一般向けの話題と専門的考察とが巧みに配合されたすばらしいものだった。そのあと、田辺先生がコメンテーターとして口火を切り、竹内先生、寺族・先達・檀信徒のみなさんも活発に発言して話がはずんだ。

梅原・武田両氏の発表も準備十分なものであった。これらにも質問や意見が活発に出て、すべてを終了したのは6時15分頃だった。四国も夜は寒い。天皇寺を辞すると、タクシー2台に分乗して、坂出グランドホテルに直行した。

住職の沼野圭翆師を始め天皇寺のみなさんには本当にお世話になった。沼野さんは高野山大学大学院博士課程の現役院生でもある。気軽にお願いして、思わぬ負担をお掛けしたが、おかげでこちらは充実感と笑顔で全日程を終了することができた。

総じて、四国の遍路道では仏がとても身近な印象を受けた。四国遍路に魅せられる人が多いのも分かる気がした。また来よう、と心に誓って帰路に就いた。

高野山大学の力