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テーマ曲

2020年01月31日
「麒麟がくる」のテーマ音楽がよくて、何回聴いてもあきない。タイトルバックの映像と一緒に視聴すると、ひとつの物語を観終わったような気さえする。NHKのサイトに作曲者のJohn Grahamのコメントが載っている。「もしシェイクスピアが同じ時代に生きていたなら、(冒険、挑戦、掛け、裏切りなどに彩られた光秀の物語への)感銘のあまり筆をとり、悲劇の大作を世に残したことでしょう」。
確かに、それだけの素材はあるだろう。「謀反の謎解き」などとは次元の違う人間ドラマを見せてもらいたい。

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田辺へ調べものにゆく

2020年01月26日
金土の2日をかけて田辺の顕彰館に調べものに行ってきた。
泊まりは、田辺のいきつけのビジネスホテルが喫煙室しか空いていなかったので、白浜の旅館の夕朝二食付きにした。食事は格安の旅館代に見合うものでしかなかったが、温泉はよかった。部屋は八畳の畳部屋で、一人で使うには広く、気持ちがよかった。Wi-Fiもなかったので早々と寝た。

同じ旅館に中国からの家族連れも泊まっていた。今朝のニュースでは、中国からの団体旅行は27日以降中止されるらしい。3月半ばに北京の学会に参加する計画を立てているが、これもしばらくは様子見とせざるをえない。

SARSの時の騒ぎを思い出すが、今回はあれ以上かもしれない。






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「大河」と韓流

2020年01月21日
「麒麟がくる」の第1回を観た。結構面白かった。

「大河」のテーマが、卓球のピンポン玉のように戦国と幕末とを行き来していることは周知のことである。時折球が逸れて、近現代に行ったり、平安・鎌倉に行ったりするが、王道は戦国⇅幕末である。それにつけて思うのは、日本人は、少なくともドラマとして観る分には、「激動の時代」が好きだ、ということである。たいていの場合、「激動」は、新勢力が台頭してきて、旧勢力に挑戦することによって起きる。その挙句に、旧い体制が覆されて、新しい時代の幕が開く。その渦中で、様々な階層の人々の運命が描かれてゆく。だいたいこんなところである。

しばらく前に流行った韓流歴史ドラマは、これとはおよそ対照的である。舞台は宮廷、テーマはそこで飽くことなく繰り返される密室の陰惨な権力闘争。登場人物は王族と両班たち。一般庶民もたまには登場するが、彼らは文字通り何も持たない細民たちで、体制を覆すような能力も気力もない。

李朝があれだけ長く続いた理由が分かるような気もしてくるが、もちろんドラマと歴史は別物である。

しかし、韓流がつまないという訳ではない。はまったら、むしろ面白いだろう。そこは、おそらくは「大河」の何十分の一の予算でやっているかの国の人々のドラマ作りのうまさである。「麒麟」もせいぜい面白いドラマを見せてもらいたい。
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寒い北鎌倉

2020年01月19日
1月19日(日)
昨日9時前にホテルを出て、横浜経由で鎌倉に向かった。
冷たい雨が降っている。ホテルを出た時には風が強く、ホテル内のコンビニで買った傘が危うく裏返りそうになった。

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*円覚寺の参道を横須賀線が横切っている。

北鎌倉駅のプラットフォームは、小さな駅の割にとても長かった。駅を出てまず東慶寺を訪ねる。東慶寺は釈宗演が住んだ寺である。ここのご住職とはメールで情報交換をしたことがある。宗演は言わずと知れた日本近代の著名な禅僧である。私は、宗演のセイロン留学時代に関心を向けてきたが、元来それで済むような人物ではない。門前には、「漱石参禅百年記念」なる記念碑があった。
つづいて円覚寺を参拝。円覚寺は東慶寺とは目と鼻の先にあった。こういう距離感は、実際に現場を踏まなければ分かるものではない。雨は小雪に近くなっている。境内を仏日庵まで登る頃にはすっかり体が冷えた。駅前にもどって蕎麦屋に入り、温かい天ぷら蕎麦で体を温めた。

天気がよければ鎌倉まで足を伸ばしたいところであるが、こんな日に無理は禁物である。
大阪に戻ったのは、予定より早い4時前であった。新阪急ホテル1階のラウンジでH氏と待ち合わせ、2時間ばかり話をしてから帰宅した。




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横浜・鎌倉

2020年01月18日
1月18日(土)
昨日から横浜・鎌倉方面に出張に来ている。1,2月は大学の繁忙期だが、研究の方も待ってはくれない。校務の間を縫うようにしてスケジュールを入れている。昨日も1時間目の授業をやってから下山した。
ホテルはみなとみらい線の馬車道駅近くだが、そのひとつ手前の駅に停車中に電話が来た。これは重要だと察して、その駅で降りて電話に出た。そのあと、また同じ線に乗るのも芸がない、どうせ一駅だと思って地上に出たら、ホテルまでは結構距離があった。おまけに周囲に店がない。しかたなく、夕食はホテル内のコンビニで調達した。

*みなとみらいの町の灯も今宵は寒そうだ。                 
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鎌倉殿の13人

2020年01月11日
1月11日(土)
今日から三連休であるが、気を引き締めて仕事を進めなければならない。

「大河に期待する」のが子供の頃からの癖である。来年の大河は○○に決まりました、というニュースに胸を躍らせた記憶がある。高校の頃には、もしも南北朝が取り上げられたらどうなるか、と夢想したものである。かなり後で、「太平記」がドラマ化されたが、その頃には興味が別の方に行っていた。

「麒麟がくる」は悪くないタイトルだと思う。明智光秀役としては、「秀吉」の村上弘明が印象的だが、あのドラマは他のキャストもよかった。それは主演の竹中直人以下、みんなが乗っていたからで、この低視聴率時代にああいう熱気が作り出せるかどうかは未知数だと思う。

先日は再来年の大河のタイトルまで発表された。「鎌倉殿の13人」。この一風変わったタイトル、ひょっとすると、「ひょっこりひょうたん島」の後継番組だった「ネコジャラ市の11人」から想を得ているのではなかろうか。いかにも三谷幸喜氏らしくいろいろ仕掛けがありそうである。ただ、大河は入れ物が大きいので、ちっちゃな仕掛けの連続だけではもたない気もする。





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光生会の新年会

2020年01月07日
1月7日(火)
10時半から岸和田のグランドホールで開かれた社会福祉法人光生会の新年会に出席した。光生会の現相談役とは20数年前からのお付き合いであるが、新年会に出席したのは今回が初めてであった。会は盛大かつ温かく、配慮が行き届いたもので、相談役の人柄がよく現れていると感じた。うちの学生も4人ほど呼んでもらい、「ご飯を食べに」きていた。いずれもボランティアの授業で身をもって教えを受けている人たちだから、まあ、こういうのも勉強の一部である。
一言ご挨拶を、ということで壇上に立ったら、相談役が「この人は河口慧海をよく研究している人で…」とわざわざ紹介して下さった。そこで、恐縮しつつもう一言、「慧海の師匠は、岸和田藩の藩校教授だった土屋鳳洲という人です」と付け加えた。
鳳洲を調べに岸和田の図書館を訪ねたのはずいぶん前のことである。彼は学才を見込まれて、藩儒相馬九方の養子になった人で、森田節斎や「但馬聖人」池田草庵の教えも受け、二松学舎を創立した三島中洲とは友だちであった。廃藩置県後は堺県に出仕して、県の教育行政を担った。その一方、堺戎之町の自宅で漢学塾晩晴書院を主宰した。慧海が鳳洲の薫陶を受けたのはこの塾においてである。鳳洲の門下生としては第一に正木直彦を上げなければならない。与謝野寛も大和川の向こうから勉強に来ていたようである。他にもこの塾からは、堺近辺の教育界で活躍した人々が出ている。
岸和田での今の評価は分からないが、もっと顕彰されていい人物だと思っている。

高野山大学の力 | コメント(0) | トラックバック(0)

恭賀新年

2020年01月03日
年頭にあたり、皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

今年の目標は、軽率に身口意を働かせないこと。

60過ぎた人間の自戒にしては幼稚すぎるが、年末年始に痛感させられる出来事があったので。
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