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訃報

2019年11月26日
11月26日(火)
12時近くになり、そろそろランチに行こうかと思っていた矢先、外部から電話がかかってきた。〇先生から、ということで電話に出たが、〇先生のご家族であった。一瞬、え、まさか、と思ったら、その通りであった。〇先生が3日前に亡くなり、ご本人の遺志で、通夜、本葬ともご家族だけで済まされたとのことであった。3日経ってようやく諸方に連絡を始めているという感じが伝わってきた。

私にできることがあれば、何でもしますから、連絡してください、と言うのがやっとだった。

間もなくM田さんから電話がかかってきた。関空に降りてすぐに知ったらしい。仕事関係の連絡はM田さんがするとのことであった。
午後、N村さんに連絡。これでS市の必要な部局には知らせが届くはずである。しかし、今ヒマラヤに入っているI氏がこれを知るには相当時間がかかるだろう。私は、〇先生がもういらっしゃらないことを、これからじっくり噛みしめることになるだろう。








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和歌山県人会世界大会

2019年11月25日
11月24日(日)
和歌山市の和歌山県文化会館で開かれた和歌山県人会世界大会に校務で出席した。和歌山県はかつて指折りの移民県であった。戦前、戦後を合わせて、県民33000人が海を渡り、ハワイ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、メキシコ、ペルー、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルに移住した。彼らは、それぞれに和歌山県人会を作って活動してきた。その代表者が一堂に会したのが、今回の世界大会であった。これに日本各地の県人会の代表者も加わり、記念式典は盛大であった。南米からの参加者のために、同時通訳は英語のほかに、スペイン語とポルトガル語が用意されていた。

第1部では、主催者、来賓の挨拶に次いで、参加県人会の紹介や顕彰盾の贈呈が行われた。第2部では、合気道の演武が、田辺市の真砂市長による植芝盛平(田辺出身の合気道の創始者)の紹介付で行われたり、宮沢和史さん、大城クラウディアさんと和歌山児童合唱団・青林高等学校吹奏楽部の協演が行われたりして、大会を盛り上げた。

和歌山県からの移民というと、思い浮かぶのは、南方熊楠とアナーバーで付き合いがあった佐藤虎次郎である。佐藤は、オーストラリア北部のアラフラ海の木曜島で真珠貝の一種である白蝶貝の採取事業を行ない、木曜島のキングと呼ばれた。白蝶貝は高級ボタンの原材料である。佐藤は秩父出身で東牟婁郡高池の富豪の婿養子になった。彼のもとでは多くの和歌山県出身者、特に紀南出身者が働き、危険なダイバーの仕事に従事していたようである。

記念式典の後は、近くのホテルで懇親会が開かれた。私は最初の40分で失礼したが、南米からの参加者が多かったこともあってか、会場は陽気な雰囲気に包まれていた。




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駆け引き

2019年11月22日
11月23日(土)
「日本の学生は政治には興味がないね」というのが、Uさんの意見であり、Gさんの意見である。まあ、そうだろうね。インドでもネパールでも、政治のことになったら、顔を真っ赤にして大声で論じ合うのが普通のようだから、そういう目で見れば日本人は変わっている、特に若者は、ということになろう。

Don't cut off your nose to spite your face.
顔を困らせるために鼻をそぎ落とすな。

ここ数日、ネットに出ていた西洋のことわざで、韓国政府がGSOMIAを失効させようとしていることを批判して言ったものだ。その心は、過剰反応して自己破壊的行為に走るな、ということらしい。ご存じのような次第で、今回は誰も鼻を失くさずにすんだようである。

Now listen. Whoever comes to you with this Barzini meeting, he's the traitor. Don't forget that.
「いいか。誰でも、このバルジーニとの会談話を持ってくる奴が裏切り者だ。それを忘れるな」 

「ゴッドファーザー」part Iの中で最も印象に残るセリフである。日韓関係がおかしくなってから、しきりに頭に浮かぶのがこの言葉である。ヴィトー・コルレオーネのこの言葉のおかげで、息子のマイケルは、内通者である大幹部のテッシオを始末し、敵を倒すことができる。

日韓の問題をめぐって、私たちには見えないところで、実に複雑な駆け引きが今も続いているに相違ない。もちろん、多様な意見や動きはあっていいわけで、仲介者=裏切り者のはずもない。ただ、こういう微妙な局面では、まさかのことがあるかもしれない。日本は譲歩していない、そうであるが、まさか数年後に密約が発覚したりはしないでしょうね。

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自分で何とかしてもらいたい

2019年11月19日
「先生、あれお願いしたいんですが、いつ時間がありますか」
「時間なんてないですよ」
「? いつならいいですか」
「連絡します」
(ない時間を割いているのが分からないのか、この人は)

「あれ読んだ?」
「読みました、感激しました!」
「泣きましたか」
「別に泣きませんが」
(書いてやった甲斐がないな)

「先生、どうでしょうか」
「……うむむ、まあ、これでいいんじゃないですか」
「ありがとございました!」
「はい、はい」
(おかげで今日一日つぶれたよ)

「この詰め物古くなっているんですが、取りあえず詰めておきますか」
「はあ、…でも、私には見えないし、素人では判断がつかないんですが」
「じゃあ、カメラで撮りましょうか」
「いや、そういうことじゃなくて、歯は私のですが、どう治療するかは私が判断できることじゃない、と」
(だんだん腹が立ってきた)








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京都の秋

2019年11月13日
11月12日(火)
秋の一日を京都で過ごした。S先生のお導きにより、K寺に資料を拝見に行ったのである。午前11時に京都駅正面入り口でCさんと落ち合い、地下街でお昼に蕎麦を食べてから、12時半発のJRバスに乗った。途中でS先生が乗り込んでくる。S先生とお話したのは、真福寺でのシンポジウムの打ち上げ以来だからもう10年以上前になる。その時も確か同じ話題が出ていた。それが、何年も経ってから、こういう形で動き出した。私たちはまさに縁起の世界に生きている。

京都駅からK寺近くのバス停までは50分ほどかかる。山間部の秋は深まっていたが、紅葉の盛りまではまだ10日ほど間があった。K寺も去年秋の台風で大きな被害を受けた。そうは聞いていたが、鬱蒼としていた境内の杉林が切り株を残して大分消えているのには驚いた。今そこに重機が入って復旧工事をしている。これには補助金が出るようだが、お寺の負担もかなりのものだろう。

山主さんと執事長さんにご挨拶した後、段ボール箱に入った資料を2時間ほど拝見した。終わって後片付けを見届け、お寺を辞して、5時過ぎのバスに乗った。バスは渋滞にひっかかって大分遅れたが、その間中、CさんはS先生とお話をして助言を受けた。私は前の席でうとうとしていた。気持ちが洗われるような一日だった。
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*清滝川の清流は昔も今も。

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*JR京都駅の駅ビルに映る京都タワー




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迂回路

2019年11月10日
11月9日(土)
午前中は入試の面接官を務め、午後から急いでパワーポイントを作って、5時過ぎに白浜に向かって出発した。明日、南方熊楠記念館で放送大学の「面接授業」がある。同館の館長さんの依頼でその一コマを担当することになったのだ。与えられたテーマは、「南方熊楠と宗教」である。
龍神スカイラインを使うと、白浜までは100キロちょっと、2時間余りの道のりである。ところが、あと少しで田辺、というところまできて、道路が通行止めになっている。Pちゃん(新しい愛車)がさっきから右折を指示していた訳が分かった。それからがちょっとスリリングだった。Pちゃんの指示する迂回路は、車一台通るのがやっとの曲がりくねった山道であった。すでにとっぷりと日が暮れており、ヘッドライトだけが頼りの走行である。対向車が来たらどうなるのだろうと思いながら10キロ余りも走った。ようやく見覚えのある道に出たのは稲荷ランプの近くであった。カーナビがなければ途中でどうなったか分からない。しかし、カーナビがなければ、最初からこんな道には入らなかったとも言える。その場合は、何十キロももどって、海岸線への道を探しただろう。

予定より30分以上遅れて、白浜のホテルについた。夜は仕事をしようと思って資料を山ほど持ってきたのだが、夕食にホテルの隣の店でラーメンを食べ、宿泊とセットであるという足つぼマッサージを受けて温泉に入ると、あとは何をする気力もなくベッドに倒れこんだ。

翌日、奇絶峡が土砂崩れでしばらく前から不通になっており、迂回路が狭くて対向ができず、住民が困っているということを知った。まさにそれを実体験した訳である。

11月10日(日)
8時半にチェックアウトし、9時前に南方熊楠記念館に着いた。私の講義は10時40分から12時10分までであった。終わってY先生にバトンタッチして早々に引き上げた。記念館での一番のもてなしは、屋上からのすばらしい眺めだった。
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*新館は空に浮かぶ船のようだ。

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*イギリス・ロンドンまで9603.97kmとある。ハハ、意外に近いんだね。

白浜の入り口にあるとれとれ市場の向かいのすし屋で昼食を取り、田辺の顕彰館によって挨拶した。顕彰館は3月以来である。ちょうどG氏とI条氏が来ていた。G氏はインドから京都に来ている留学生で、初対面であったが、気安い人で話がはずんだ。共通の知り合いが何人もいた。

そのあとは高速道路で一気に堺まで帰った。





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トルボの地図

2019年11月06日
11月5日(火)
午後から大阪心斎橋に近い美容院Dolpo Hairを訪ねた。これを経営している稲葉香さんが今度トルボ(ドルポ)で越冬するので、出発前に現地情報を聞いておきたかったからだ。ちょうど、現地に詳しいIさんとHさんも来ていて、1時間以上にわたってトルボ北部の道路状況について教えてくれた。特にHさんは、現地を自ら歩いて収集した最新データを惜しげもなく開示してくれた。ありがたい話である。

それにしても、トルボは人里でも標高4000メートル近い大山岳地帯である。この時期、すでに雪が降っているはずだ。稲葉氏には「まあ気をつけて、無理をしないように」というのが精一杯であった。

11月6日(水)
授業中に昨日の話をしたら、Gさんが乗ってきて、よく話した。Gさんのお父さんたちは、以前、カリガンダキを遡ってムクティナートにお参りにいったという。ムクティナートはヴィシュヌ神の聖地で、水の壁があり、お堂には神聖な火が燃えている。ダルマシャーラーもあったと記憶するので、そういう所に泊まったのだろう。ヒンドゥーは河川を崇拝し、上流に聖地を作る。慧海も旅の途中でヒンドゥーの行者に会っている。

考えてみれば、ここ20数年の間に実にいろいろな所に行かせてもらった。それが私のこれからの財産になるだろう。






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初誕生の祝い

2019年11月04日
11月3日(日)
孫の初誕生のお祝いに呼ばれて東京に日帰りした。場所は後楽園の複合商業施設にある和食の店である。婿殿の両親や次女も参加した。

孫はこの一年、たまに風邪を引くくらいで、元気に育っている。食欲もなかなかのもののようで、離乳食に加えて、餡子や白玉もよく食べた。途中で、この日のためにあつらえた着物に着替えたが、用意の一升餅を背負わせる前に、テーブルの縁に額をゴチンとぶつけて大泣きした。それでも何とか餅を背負わせた。

食事の後、長女の家に行って、予め届いていたプレゼントを渡す儀式をした。プレゼントが孫を囲んだ。まずは恵まれた子である。1時間半ばかりで辞去し東京駅に直行した。帰宅したのは午後9時過ぎだった。
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