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お見舞い

2019年10月31日
首里城の火災。わが目を疑うような光景。

高野山の根本大塔も金堂も焼失しては再建されるを繰り返して今日まできた。大塔も金堂も昭和初期の建物だ。焼失の主な原因は雷火である。これまで私は学生諸君にしばしば言ってきた。昔は再建に途方もない時間と労力がかかったはずだ、しかし、何度焼けても、同じところに同じ意味ものを立て直してきた、この精神が高野山を1200年続かせてきたのだ、と。

首里城もまた同じではないか。
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日本密教学会

2019年10月26日
10月25日(金)
東京愛宕の真福寺で開かれた日本密教学会学術大会・理事会に出席した。いつもより2時間も早起きしたのは11時からの開会式・学会賞表彰式に間に合うためだ。強い雨の中、新橋から真福寺まで歩いた。途中カフェで一休みして時間を調整する。儀式の後、昼の理事会の頃には、外は激しい吹き降りになっていた。午後からは4つの発表と講演を聞き、7時から新橋駅近くのホテルで開かれた懇親会に出席した後、三田線で巣鴨まで行ってチェックインした。その前にホテル近くの焼き鳥屋でビールを一杯飲んだ。私はまだこういう余計なことをやってしまうのであるが、まあそれもいいだろうと思っている。

日本密教学会の学術大会は密教系の四学会が毎年回り持ちで担当している。つまり四年に一回当たるわけだ。高野山同学会の担当年はオリンピックイヤーと決まっている。

10月26日(土)
5時に起きてパソコンに向かう。とにかく前に進まなければならない。9時過ぎにようやくチェックアウトした。巣鴨駅前の喫茶店で朝ご飯を食べた後、山手線で東京駅に行き、そのまま新幹線に乗った。

新大阪で降りる段になって、東京駅の新幹線の切符窓口に傘を忘れたことに気が付いた。傘を失くすのはこの1カ月で三本目である。いずれもコンビニ傘だが、我ながら情けない。いっそのこと高級な折り畳み傘を持ち歩いた方がいいのかもしれないと思い、難波で人混みをかき分けながら傘を探したが、見つからなかった。そうしているうちに、ふと空腹を感じたので、久しぶりで自由軒の暖簾を潜った。注文は無論、織田作好みの名物カレーである。

泉ヶ丘の駅前広場はハロウィーンの催しで賑わっていた。Trick or Treatingというやつらしい。うるさいことは言いたくないが、近年は意味のはっきりしない騒ぎ方が増えた気がする。働き方改革でみんな暇なのかな。

5時半、和泉中央のディーラーに1カ月点検に行った。10月からの消費増税を前に駆け込んだのである。長年私と家族を安全に運んでくれた愛車との別れは辛かったが、今度の車も気に入っている。免許証を返納する日まで、しっかり働いてもらいたいものだ。


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腹を立てても仕方がない

2019年10月21日
最近は小腹の立つことが時々ある。
先週は、週末を中心に高野山で開かれたあるイベントに関連して、三日にわたって面倒な思いをした。そもそもこのイベントは私には何の関係もない。こちらは、ある人を通じて頼まれたので、その人のために動いているという思いがあるから、先方の「いい加減な対応」に腹が立つ訳であるが、先方には先方の都合や言い分があるのだろう。ま、いいか。

土曜日、京都に行った。密教図像学会の会計監査のためである。この学会は10月に年度替わりをするので、9月末に会計の締めが来る。同志社大学の○○館の講師控室で、S先生の説明を聞きながら書類をチェックし、署名捺印して監査を終えた。直ちに大阪に取って返し、量販店でカメラを見てから帰途についた。ここしばらく使っていたカメラが故障し、修理の見積もりを出してもらった結果、直すより買った方がいいと判断したのである。

これも土曜日の内。I葉さんからネパールのトルボ地方の五万分の一地図を3枚送ってもらった。知らなかったのだが、最近はこれがネットから無料でダウンロードできるのだそうで、わざわざそれをダウンロードして大容量ファイル送信システムで送ってくれたのである。地図のこの部分は、慧海の越境ルートを追究した時に何度となく眺めた部分だ。今それを再び見ている。

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慧海記念館にプレート設置を

2019年10月15日
*「コンクリートから人へ」と言ったのは、いったい誰だったか。

10月15日(火)
昨日、午後2時より堺の「利晶の杜(りしょうのもり)」で「慧海記念館にプレートを設置」のプロジェクトの発表会があった。
プログラムは次の通り:
記録映画「秘境ヒマラヤ」部分上映。
高山龍三「ヒマラヤの奥地に河口慧海の記念碑を」
大西信司「「プレート設置プロジェクト」経過報告」
同 「マルファの子供達に支援の手を」
稲葉香「慧海の足跡をドルポに追って」

充実したよい会であった。メインは、ネパールのムスタン地方の村マルパ(マルファ)にある旧アダム・ナリン邸の玄関に慧海を顕彰するプレートを設置すべく計画を進めている大西氏の報告であった。この屋敷は、慧海が1900年の7月にトルボからチベットに潜入する前に滞在して経典を読んでいた場所である。今のオーナーが奇特にも自分で入り口に「河口慧海の家」という看板を設置している。そこに改めて、日本語、英語、ネパール語の説明文と慧海の肖像の石のプレートを設置して、慧海の事績を顕彰しようというのがこのプロジェクトである。プレートはもう完成していて、来月現地でこけら落としが行われる。

ムスタン、トルボ、慧海の越境ルートといえば、私のひとつの原点である。よい刺激を受けた。慧海研究はまだまだ続く。


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台風19号

2019年10月12日
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昨日(11日)の高野山の夕焼け。大型台風接近の折から、不気味に感じられる。
言うまでもないことながら、皆様、くれぐれもご注意を。

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ノーベル化学賞

2019年10月10日
10月10日(木)
昨夕は化学賞の発表をライブで見ていた。今年日本人が受賞するとすれば、化学賞だろうなという気がしていた。吉野氏の名前を確認して気分が高揚した。

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*香港中文大学図書館内の大学資料室に展示されているノーベル賞のメダル。

左は楊振寧氏(1957年物理学賞受賞)、右は高錕(チャールズ・カオ)氏(2009年物理学賞受賞)のもの。
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高貴寺の現状

2019年10月07日
10月6日(日)
午後から高貴寺を訪ねた。去年9月の台風で状況がさらに悪化していると聞いて気になっていた。河南町の高貴寺まではうちから車で30分ほどである。行ってみると、ボランティアが5、6人来ていて、土砂を運んだり、枯れ枝を燃やしたりしており、前田住職もその中にいた。考えてみれば、なるほどそうである。何か大きな組織に頼る前に、まず自らの手で復旧を、である。
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*土砂が押し寄せた池を修築している。

しかし、重機を入れない、人力での作業には限界がある。公的資金は期待できないのだろうか。実は住職に折り入って話があったのだが、今はそれどころではないと知り、早々に失礼した。
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