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トルコ至宝展

2019年07月21日
7月20日(土)
イスタンブルのトプカプ宮殿からオスマン帝国のお宝が大挙来日とくれば、見に行かざるをえない。慢性的な忙しさは続いているが、土曜日は完全休養日と決めているので、左京区の京都国立近代美術館まで出かけた。今にも雨の降りそうな、たいそう蒸し暑い日だった。同館は、地下鉄東西線の東山駅から近い。

2015年にトプカプ宮殿には行っている。しかし、宝飾品のギャラリーは、見学者の列があまりに長かったので入らなかった。それが心残りになっていたのが、今回で大分解消された。
豪華宝飾品もさることながら、チューリップをモチーフにした衣装や工芸品がとてもよかった。山田寅次郎縁の品々や明治天皇からスルタンに贈られた勲章などを見ることができたのも収穫だった。

見終わったらお腹がいっぱいになった心地がして、村上華岳ほかの展示は見ずに館を出た。それでもせっかくだから、平安神宮は参拝し、それからまっしぐらに大阪に戻った。大阪駅中の居酒屋で飲んだビールがうまかった。家に帰り着いてから、「雲霧仁左衛門」の最終話を見ながら、続きをやった。このドラマ、内山理名演ずる七化けのお千代が特に結構であった。




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密教研究会学術大会

2019年07月15日
7月12日、13日の両日、例年通り高野山大学を会場に密教研究会の学術大会が行われた。今回の目玉は何と言っても、陝西師範大学教授・同大学宗教研究センター主任の呂建福先生の特別講演「中国密教研究の諸問題」であった。ほかにも科研費の研究グループによる連続発表もあって、新味が加えられた。

呂先生は中国密教研究の第一人者であり、中国における密教研究の開拓者でもある。今回は、中国密教研究の現状や問題点などについて大局的な見地から論じていただいた。「中国密教研究の諸問題」は私の発題なのであるが、呂先生はこれに期待をはるかに超えた内容で応えてくださり、大変にありがたかった。呂先生効果もあって、学術大会はいつも以上に盛況であった。

高野山大学大学院で学ぶ二人の中国人留学生、趙新玲さんと徐東軍君が原稿翻訳に、通訳に、大活躍してくれたのも実に心強いことであった。招聘事務は私が担当したが、中国の学者を招待する場合、どのような書類が必要か、審査にどのくらい時間がかかるかなどがよくわかり、いい経験になった。

以下は、今後の参考にここ数日間の動きを略述する。

7月11日(木)
午後4時半、通詞役の趙さんといっしょに車で高野山を下り、関空までお迎えにゆく。6時過ぎに関空着。飛行機の到着は、6時55分の予定が少し遅れて7時過ぎであった。第1ターミナル2階の店でいっしょに夕食を取った後、雨の中、高野山に向かった。雨が強いのと道に慣れないのとで運転には相当神経を使った。高野山着は10時40分頃であった。
7月12日(金)
9時半より学術大会1日目が開始された。呂先生も最初から熱心に聴かれた。午後3時より呂先生の特別講演「中国密教研究の諸問題」が始まった。前もって提出していただいた原稿を趙さんと徐君が数日がかりで翻訳し、この日に間に合わせてくれた。呂先生が段落を区切って原稿を読み、その分の和訳を前半は趙さん、後半は徐君が読み上げる形で講演が進んだ。質疑応答を合わせて2時間の講演だった。そのあと、総会を経て懇親会が開かれた。この席でも先生は精力的に話をされた。
7月13日(土)
12時過ぎに学術大会が終わった。昼食は花菱。これは呂先生のご招待で、恐縮の至りであったが、感謝の意を表したいという先生のお気持ちをありがたく頂いた。午後は小雨の中、奥之院を案内した。往きは歩き、帰りはバス。しばらく宿坊で休んでもらい、5時半から学長も加わって夕食会。呂先生が中国からもって来られた白酒で何度も乾杯した。
7月14日(日)
8時に宿所に行き、京都に向かう一行を二台の車で高野山駅まで送った。まず一行を下ろし、車をよそに置いてからプラットホームに駆けつけると、ケーブルカーの発車にぎりぎりで間に合った。帰宅してブランチを食べると、あとは寝るしかなかった。
7月15日(月)
海の日だが、大学は授業日なので、朝早く御山にもどった。気がつけば、前期末も近い。他のことはほとんど何も考えずにすんだ幸せな4日間だった。

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N師の来学

2019年07月06日
木曜日にN師が大学に来られた。前夜D院に泊まり、今日は京都に行かれる。そのついでに寄られたのである。
N師についてはこのブログで何回か書いたと思うが、私の恩師の一人である。N師はカリンポンにお寺、研究所、宿泊所を建設中で、その写真をお付きのI氏がパソコンで見せてくれた。この話は前から聞いていたが、イメージと異なり、非常にモダンな設計であることに私はちょっと驚いた。場所は、以前二度ほど泊まったシルバーオークスの近くだという。シルバーオークスはイギリス統治時代のコッテージが基になっていて、廊下には旧時代に撮られたいろいろな写真が飾られている。そのことをN師もよくご存じだった。

N師は最初はお寺を建てる気はなく、研究所だけを考えていたのだが、ラマが建てるものといえばお寺だという先入見が世間にはあり、しばしばそう言われるので、お寺も建てることにしたとのことであった。いかにも学僧らしいエピソードである。

カリンポンはティスタ渓谷を挟んでダージリンと向かい合い、シッキムのガントクを加えて三都を形成している。いずれも植民地時代には避暑地として栄えた。

N師が本当に純粋な人だからであろう。この人に対すると、私も素直にいろいろなことが言える気がする。来春あたり、一度カリンポンを訪ねるのも悪くない。
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古き衣を捨て

2019年07月05日

7月5日(金)

今週はずっと、『バガヴァッド・ギーター』を読んでいた。久しぶりに時間ができたため、今日の4時間目の予習をしていたのである。

学食でゴマさんに遇ったので、適当に節を付けて、「ヴァーサームシ、ジールナーニ、ヤター、ヴィハーヤ、ナヴァーニ、グリフナーティ、ナロー、パラーニ」(人が古い衣服を捨てて他の新しい衣服を着るように)と歌ってあげたら、「シュローカですね」と応じてくれた。さすがヒンドゥーは耳慣れしている。


その続きは、「タター、シャリーラーニ、ヴィハーヤ、ジールナーニ、アンヤーニ、サムヤーティ、ナヴァーニ、デーヒー」(デーヒン(個我)は古い身体を捨てて他の新しい身体に赴く)

この偈頌はインド人の輪廻転生感覚をよく表している。以前に見たNHK特集でもヴェーダーンタ派の阿闍梨が同じことを言っていた。ちょっと微光が射すような一週間であった。

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大雨とパソコン

2019年07月04日
電車が止まったり気象警報が出たりしたときに授業をどうするかは、たいていどこの大学でも予め決められているものである。ただ、それを実行するのは人間だから常なる点検が必要となる。昨夕、事務方とそれを確認した。場合によっては午前中の休講も覚悟したが、今朝の様子からして、どうやらその必要はなさそうだ。

依然として土砂災害などが懸念されている状況でのんきなことは言っていられないが、昨日は個人的な事情でもあたふたした。PCが急にプッツンしたのである。何とかセーフモードで立ち上がったものの、いつ何時また停止するか分からない。恐いのは、大量の文書・画像のデータが失われることであるが、やりかけの仕事でデスクトップに貼り付けてあるものだって、なくなれば仕事が停滞して困る。取り敢えず、手持ちの外付けハードディスクに避難させることにしたが、これが1テラしかない携帯用で、容量が足りないときた。そこで、午後に開かれた「和歌山の部落史編纂会」総会のあと、麓の家電量販店に走った。
いまだ完全復旧には至らないが、何とかなりそうだ。これを機にバックアップ体制をしっかりしなければならない。


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