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天変地異

2018年07月30日

二日にわたるシークレット・キャンパスが終わった。台風は29日の明け方に大阪上空を通過したため、大きな影響を蒙るまでには至らなかった。

今回のキャンパス見学会は、さまざまな試みによって、今までにないものになった。今後も、高野山大学が潜在的に持っている可能性に自覚的になる必要を感じた。


それにしても、台風が東から西に進むとは、まさに天変地異である。今年はこれくらいで収まってもらいたいものだが。

高野山大学の力 | トラックバック(0)

シークレット・キャンパス

2018年07月27日

普通はオープンなはずが、シークレットです、というのが28日、29日に開かれる高野山大学キャンパス見学会(オープンキャンパス)の趣向である。仕掛けは事務方を中心にいろいろなされているが、われわれの姿勢は普段とあまり変わらない。まあ、われわれの普段通りが世間一般から見れば特別なわけで。どうなるか楽しみ。

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水曜日、大事なお客さんがあり、大学での懇談のあと、伽藍を案内し、昼食をいただいた。新しくできたレストランでの胡麻豆腐の創作料理。このお膳は金剛界九会曼荼羅をかたどっているらしい。



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前例のない

2018年07月18日

月曜日、日が高くなってからウォ―キングをして戻ったら、体重が一挙に600グラムも減っていた。これはいかんと水分の補給に努めてことなきを得たが、ほんとうに恐ろしいことである。

「前例のない大雨」に続いて「前例のない暑さ」が日本を襲っている。暑い夏が大好きで、入道雲がもくもく成長しているのを見ると心が躍る。こんな意味のことを以前このブログに書いた記憶があるが、いくら何でもこれは暑すぎる。夏から秋にかけて、またぞろ「前例のない」事態になることのないように祈りたい。


あと一息で夏休みである。

8月4日から8日間の予定でインドに行く。ムンバイからオーランガバードに飛び、マラサワダ大学を訪問し、アジャンターを見てから、プネーに寄ってムンバイに戻る。ムンバイで時間があったら、ナーシクとカンへーリー石窟群を見学したいと思っている。インドから戻ったら、ひたすら原稿を書いて8月を終える。

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*マラサワダ大学は、世界で唯一、キャンパスの中に石窟遺跡がある大学である。

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科研、密教研究会、ゴルドン文庫

2018年07月15日

先週金城にでかけたのは、科研による調査の打ち合わせをかねてのことだった。S田さんから「全面的に協力する」とのことばをもらい、来た甲斐があった、と感じた。

昨年11月に出した申請が採択され、今年度から3年間、科学研究費補助金をもらって研究できることになった。外部資金獲得が至上命令のようにいわれる昨今、第一目標になるのが科研だから、これは実にありがたい話なのである。この科研のために4人の研究グループを作った。そのグループの中の二人が、金曜日に密教研究会の学術大会のために御山に登ってきたが、学会の事務に忙しく、ろくろく話ができなかった。万事これからである。

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*朝の壇場伽藍


密教研究会の学術大会は、13日、14日の二日間、滞りなく行われた。初日には、本学客員教授の高岡義寛先生による特別講演会も開かれた。二日間、主会場に辛抱強く座っていたのは、私にしては上出来だった。それも、東北大学でも高野山大学でも、先輩たちはたいていそうだったなという思いがあるからである。季節が一巡りして、順番が回ってきた。


図書館がアルバイトの予算を取ってくれたお陰で、高野山大学ゴルドン文庫の整理が進むことになった。この文庫の整理は、3年ほど前に授業の一環として梅ちゃんたちと始めたものだったが、その後、忙しさにかまけてほったらかしになっていた。昨年度、私は、図書館の紀要を含めて、ゴルドンに関する論考を3本も書いた。この勢いで文庫の整理が進めば言うことはない。高野山大学に私が残してゆく仕事のひとつになるだろう。

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何もこんな時に

2018年07月10日

7月8日(日)

5時前に起床し、7時12分新大阪発ののぞみで広島に向かう。新大阪駅では、前日伝えられたような混乱はもう見られなかった。8時40分頃、広島駅に降り、新幹線口でS田さん差し回しのタクシーに乗り込む。そこにはすでに記念講演の講師を務める地平線会議の江本嘉伸さんが待っておられた。江本さんに会うのは10数年ぶりである。

 特別警報は解除されたとはいえ、広島・島根県境の山中を長距離運転するのは、慣れない者には困難であったに違いない。しかしそこはさすがに地元の運転手さんである。記念式典が始まる前に無事波佐(はざ)のときわ会館に着いた(広島~波佐間のタクシー代は24500円であった。私たちが払った訳ではないが、参考のため記録しておく)。

 午前中は地元の名士たちを招いて記念式典が挙行された。昼食をはさんでの記念講演とシンポジウムは次の通り。

  第1部 基調講演

  江本嘉伸「能海寛が日本の若者に伝えたかったこと―「地平線会議」40年を機に―」


  第2部 パネルディスカッション「今、能海寛に学ぶもの」

  コーディネーター 江本嘉伸

  パネリスト

  岡崎秀紀

  奥山直司

  飯塚勝重

  能海教信


寝不足で頭がボーッとしていたが、何とか切り抜けた。最大の問題はどうやって帰るかにあった。シンポジウムが5時までと聞かされて、ええっと思ったが、時既に遅し。後片付けの後、S田さんに金城の高速バス停まで送ってもらい、7時12分の広島行きに乗る。バスが広島駅前に着いたのは9時10分頃。19分発のさくらに乗ろうとしたが、もう切符を売っていなかった。

電車を乗り継いで自宅まで戻ることができるのは、さくらが最後であった。その後も大阪行きはあるものの、着くのは12時前後で、難波に行くことすら困難だった。広島に泊まった方がいいと判断して、家人に近くのホテルを予約してもらった。駅前の居酒屋で遅い夕食を取ったが、近くで大災害が起きているせいか、客は少なく、雰囲気も暗かった。

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何という雨

2018年07月05日
今度の雨はなかなか降り止まない、と思っていたら、とんでもない事態になってしまった。

昨日の朝から今日の昼まで、K本君、K谷君、S田さんとの電話やメール、そして気象情報、交通機関の運行状況のチェックで忙しかった。というのも明日8日、島根県浜田市金城町波佐のときわ会館で開かれる能海寛生誕150年記念シンポジウムに参加する予定を立て、今日中に金城のきんたの里まで行くつもりであったからである。結局、K本君は東京から西に向かわずに札幌に帰ることに、K谷君は京都の自宅にとどまることになった。そして私はきんたの里をキャンセルして家にいる。
しかし、もしも明日の早い時間までに山陽新幹線が復旧し、もしも浜田道が再び不通になることがなければ、金城町まで行ってみようかとまだ考えているのである。
特別警報まださめやらぬ広島にのこのこ出かけてゆくのは大間抜けなのではあるが。

追記:今山陽新幹線が復旧したとのニュースに接した。さて、どうしようか。(7日午後7時24分)

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リフォームの後片付けと東京出張

2018年07月03日

7月3日(火)

週末にリフォームの後片付けが大分進んだ。物がないことがこれほど気持ちいいとは。おかげでわが家のQOLも少し上がったようである。


昨日(2日)5時に起きて東京に日帰り出張した。目的は、東洋文庫とS寺の資料調査である。前回同様、博物館のH氏と東洋文庫で待ち合わせた。調書はH氏が取ってくれるので助かる。今回は『蔵和辞典』編纂のために作られた単語カードを閲覧できたのが一番の収穫だった。慧海がどのような方法で辞書を作ろうとしていたかが確認できた気がする。図書部のS氏との打合せを終えてS寺に向かう。3年前同様、奥様が歓待して下さった。S寺を出たのが5時過ぎ。上野でH氏と別れ、池之端をちょっと探訪した後、盛りそばをかきこんで家路についた。もう一日あれば、浅草か上野に宿を取って友人と一杯やりたいところだった。楽しい出張だったが、暑さと寝不足で大分疲労した。


今日はいつも通り、一時間目にチャオさん、チャンさんと梵語を読む。その後、チャオさんが今度少林寺の学会で発表する原稿を二人でチェックした。夕食はY寿司でS先生たちと会食。


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