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出張週間

2018年03月31日

先週の土曜日から今週の金曜日までの一週間に1泊2日の出張が三回もあった。丸一日大学にいたのは、水曜日だけである。目的地は、博多・広島、仙台、東京で、列島を西に行ったり、東、北に行ったり。新幹線には乗り飽きてしまった。その間に桜前線がぐんと北上したらしく、昨日は東京の日比谷公園ですでに終盤に入った桜花を見た。

月曜日から新年度である。

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*ペナントレース開幕直前の東京ドーム

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本格的な春

2018年03月26日

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*3月25日夕方、堺市泉ヶ丘で


先週はいろいろと疲れた。ともあれ、本格的な春です。



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これも人生の節目か

2018年03月21日

3月21日(水)

朝大学に来たらやけに暗く静かである。そこで今日が春分の日で祝日であることに気づいた。私には、珍しいことではない。以前、家に帰ったら、昼間から家族全員がいる。「どうして今日は学校に行かないんだ」と言ったら、「今日は休みだよ、お父さん」、ということもあった。こんな父親で、よく娘たちがちゃんと育ったものだ。


3月22日(木)

大阪南医療センターに先日の検査の結果を聴きに行く。何枚もの写真を見ながらM田先生の話を聞いた。

M田先生「3年後に来て下さい」

私「3年じゃ心配だから、2年後でどうでしょう」

M田先生「…では2年後くらいに」

私「4年前にも同じ質問をしたと思うのですが、いい食べ物とか運動とかあるんでしょうか」

M田先生「分かりません。原因は分かっていないんです」

私「酒の影響はどうでしょう」

M田先生「分かりません。お酒はいろいろな病気の原因にはなりますが」

私「分かりました。どうもありがとうございました。2年後にまたお目にかかります」

我ながら妙な会話であった。これはもはや人生の節目と化している。


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国家宝蔵

2018年03月11日

3月11日(日)

今日はあの日である。あの日ではあっても、やるべき仕事はやらなければならない。一層暗い気持ちでパソコンに向かっていると、チャオさんから電話が掛かってきた。

中国の有名なテレビ番組の撮影隊が今高野山に来ていて、私にインタビューしたいのだという。やぶからぼうに何だろう、この忙しい時に、とは思ったが、断る私ではない。という訳で、R浄院に行った。


クルーは9日から来ていて、何人かの高僧にインタビューしたが、学者も入れようとなったのは、どうもチャオさんの発案を受けてのことらしい。撮影は、中国J大のI先生の質問に答える形式で、なごやかに進んだ。終わって、とても気分がよかった。番組は中央電視台の「国家宝蔵」というらしい。

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河口慧海の手紙ー肥下徳十郎宛

2018年03月10日

3月10日(土)

河口慧海著作選集を出し続けている慧文社から、『河口慧海著述拾遺 補遺』が出版された。これに私は、高山龍三先生と共に編者として名を連ねている。慧海関係文献の収集は高山先生のライフワークであり、この出版もその成果のひとつである。「拾遺の補遺」というのにまず驚くが、つまりは落ち穂拾いをしても、なお拾うものがあるということで、最近の高山先生の発表を見ても、今なお続々発見があるようだ。

私がその共編者になったのは、ひとえに肥下徳十郎(ひげ・とくじゅうろう)に関係する慧海の書簡と弔文あわせて15点が収載されていることによる。これらは、すでに四年前に『堺研究』36号に発表したものであるが、この度、高山先生からお誘いを受けたのを機に必要な修正を施すことができた。ただし、本書収載の他の論考に合わせて注は省いた。「解説」でそれを補おうとしたのだが、わかりにくさは残ってしまったようだ。


肥下家は、慧海の生家がある堺北旅籠町の大道筋(旧紀州街道)に店舗と住宅を構える素封家で、徳十郎(幼名駒次郎)は、東瓜破(うりわり)村の全田家から来た養子であった。徳十郎と慧海(定治郎)が出会ったのは、共に数え年15歳の時のことである。二人の若者の間に芽生えた友情は、1915年に徳十郎が没するまで35年間続くことになる。18年にわたる慧海の「チベット旅行時代」、徳十郎は、堺・大阪の後援者グループの中心的存在として、地元堺から物心両面で慧海を支え続けた。15点は、二人の関係を考える上では、これ以上ないほどの貴重資料である。「慧海さんはチベット旅行の費用をどう工面したのだろうか」こう思う人には是非読んでもらいたい。

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健太郎と診之助

2018年03月10日
健太郎では高いが、診之助では少々低い。これ何だ?
答えは血圧である。
昨日、2年にいっぺんのお勤めで、大阪南医療センターである検査を受けた。あいだに時間があるので、院内のあちこちに設置されている血圧計で血圧を測って回った。それで気づいたのが、血圧計にも名前がついていることである。二の腕をぐいと掴まれる感じがするからだろうか、元気そうな男の子の名前である。これで、体温計や体重計にも、健子だの康子だのと名前がついていたら、おもしろい。
検査の結果は22日に外来で言い渡されるが、検査をしてくれた先生の口ぶりからすれば、ほぼ大丈夫そうである。「また、生き残ったな」と志村喬のようにつぶやいて病院の玄関を出た。


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夜は米粒を食べないように

2018年03月07日

3月7日(水)

「今日は元気ですねえ」

と違う人から二回言われた。今日、私は元気らしい。

「夜は米粒を食べないように」

と言われたのは、この前の人間ドックの総合診断である。「米粒」という言い方にちょっと驚いたが、以来この戒めを忠実に守り、夜は少しの野菜と納豆、豆腐、豆乳ですませている。


この間、「西郷どん」を見て驚いた。井伊直弼役で有村俊斎(海江田信義)、否、佐野史郎が出ているではないか。これも、前にも書いた「翔ぶが如く」シフトなのか。「真田丸」以来、大河ドラマのネジがすっかり緩んでしまった感じがする。

佐野史郎の俊斎は、単細胞で、いささか狂気を感じさせる熱血漢。蟹江敬三の重厚な大山綱良と並んでなかなかよかった。「西郷どん」では高橋光臣という人が演じているが、どんなしばいをしてくれるのか。

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4月復旧

2018年03月05日

一部区間で運休していた高野線が本当に4月中に復旧するらしい。一時は橋本~大学間でスクールバスを走らせることも検討していたほどなので、まずは一安心である。


2月28日に札幌からK本君ご一行が御山に来た。午後から重要会議があり、結局学内で会えたのは5時半近くであった。すぐに夕食とのことなので、少し間をおいて宿泊先の大円院に行ってみた。一人の人がうちの通信制大学院を検討しているとのことで、いくらか質問に答えたが、次の日が東京出張だったので、「そだねー」とも言ってやれずに早々に引きあげた。翌日時間があれば、山内を案内しようかと思っていたのだが。

3月1日、北海道は猛吹雪で飛行機が何本も欠航になったらしい。夜無事を確認したら、時間はかかったが何とか帰りついたとのこと。相変わらずしぶとい。

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東京日帰り出張

2018年03月02日

3月3日(土)

3月1日、急な出張で東京九段に行く。所用を終えた後、上野の科学博物館に寄って、15分くらい「南方熊楠―百年早かった智の人」を見た。会場はにぎわっていた。最初から誰か知り合いに会う予感がしていたが、案の定、T村夫妻に出会った。それからしばらくT村さんに展示品を解説してもらった。コンセプトが一貫していて、よい展示であった。


昨晩、所用で関西に来た次女が家に寄った。「やせろ」と言って帰っていった。



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