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明日フライト

2018年01月25日

1月25日(木)

 昨日のスケジュールは、大抵のことになれているはずの私にもきついものであった。

1時間目授業、2時間目は空き時間でせっせと原稿書き、午後から会議、会議、補講、会議、会議で、夜の9時近くになった。やっておくべきことはまだ残っていたが、力尽きたので曼荼羅荘に帰る。

 今日は早く出て、集中して仕事を片付けにかかる。だが、何と1時間目から4時間目まで連続で補講。自分で立てた日程とはいえ、あまりに酷い。学生にも迷惑はなはだしいが、かえって同情を買う。その間を縫って、原稿を書き、何とか1本仕上げる。補講終了後、集中して残務整理。何とか6時に帰ることができる目処がついた。

 明日は7時半に関空集合である。フライトは10時、キャセイパシフィック香港乗り換えで、ムンバイに向かう。出かけてしまえば、こっちのものだ。

 

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補講で首が回らない

2018年01月23日

1月23日(火)

今日から補講を開始した。今までの借りを返すことと、インド行でつぶれる分の調整とを同時にやってみたら、まったく首が回らない状態となった。なかなかに辛いが、「いつまでも続くことじゃないから」と思って、立ち向かうしかない。

朗報は、チャオさんの論文の締め切りが2月末であることが分かったこと。研究概要の締め切りと混同していたらしい。彼女も昨日知ったばかり、ということで責められない。私もずいぶん辛抱強くなったものである。


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ムンバイ出張

2018年01月22日

今週の金曜日(26日)から来週の水曜日(31日)まで、ムンバイに出張する。目的は、和歌山県の訪問団に加わって訪印し、マラサワダ大学の学長と協力の協議をすること。2015年以来の懸案事項についての話し合いだ。前回は、ムンバイからオーランガバードに飛び、エローラ、アジャンターを視察したが、今回はムンバイを動かない。その分、ムンバイ見物に時間が取れる。


昨日(21日)の日曜日、早起きして書斎を片付け、いらなくなったものを80キロほどクリーンセンターに出しにいった。すっきりしつつあるが、実はまだ10分の1位しかできていない。これが完了すれば、二十数年前、一関から橋本に引っ越した時以来の大整理になる。

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VRをどうぞ

2018年01月19日

1月19日(金)

昨日、大阪中之島フェスティバルタワーにある凸版印刷の西日本事業本部にスタッフ一同でお邪魔して、昨年度以来取り組んでいるプロジェクトの打合せをした。東京からO沢課長が来て、分かりやすく説明してくれた。われわれが今いる地平がはっきり見えたという点で、大変有意義なミーティングだった。一通りのことが済んだ後、「トッパンVR~デジタル文化財による新たな価値創造~」という映像コンテンツの一部を見せてもらった。トピックは「熊本城」と「東大寺大仏殿」。大仏殿では、大仏の光背を消して、背中から大仏を見るという技も。いずれもなかなか結構なものであった。

***

泉ヶ丘に戻って、摩耗でソールがはがれかけている靴を修理に出し、待ち時間の間に紀伊國屋書店で本を物色した。買ったのは羽田正著『東インド会社とアジアの海』(講談社学術文庫)。家に帰って、ぱらぱらめくっていると、じゃがたらお春の「じゃがたら文」は別人の創作とある。ええっ、そうだったのか!だから学問はおもしろい。

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うどんじゃなく、そば

2018年01月16日

11月16日(火)

一昨日の日曜日2時から、橋本市民会館で「高野山ゆかりの人々~南方熊楠・ゴルドン夫人他~」の題で話をさせてもらった。高野七口再生保存会主催のイベントであった。

帰宅して、ちょっと疲れが出てごろごろしているうちに「西郷どん」が始まった。主役の鈴木亮平がずいぶん頑張っている印象だが、それにもまして注目したのは、西田敏行と加賀丈史の「翔ぶが如く」シフトである。加賀丈史と渡辺謙がとても親子には見えないのもおもしろかった。それから島津久光役は、今回はよく分からなかったが、今調べたら青木崇高という役者である。「龍馬伝」で後藤象二郎を暑苦しく演じた人だ。後半生、この人との関係が西郷どんの運命を決めると言ってよいほど久光は重要な役どころである。「翔ぶが如く」では高橋英樹が演じた。プライドが高いおぼっちゃんで、短気で、酷薄、大大名家の当主らしい風格があった。


昨日は所用で京都今出川の同志社大学に行った。

お昼は、京都駅中の立ち食いそば屋で済ませた。実は私は立ち食いそばが大好きである。

券売機で鶏天そばセットのチケットを買って、おばさんに渡す。

「うどんですか、そばですか」

「(もちろん)そば!」

「鶏天うどん一丁!」

「そ、そばです」

「あら、失礼しました」

こちらはそばが食べたいのに、うどんが出てきたら、泣くに泣けない。私の後もお客が次々に入ってくる。鶏天セットはなかなかの人気だが、聞いていると、みんなうどんを頼んでいる。間違うのも無理はない。今自分が関西にいることを実感した。

同志社での用事が終わった後、久しぶりで神学部にS戸さんを訪ねたが不在だった。



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歯が!

2018年01月13日

1月13日(土)

昨日、学食で昼ご飯を食べている最中に大臼歯の詰め物が取れた。さらにその歯の一部が欠けてぐらぐらに遊離しかけている。こっ、これは、まずい!

実は先月下旬に家で肉か何かを食べていた時に口中のこの辺りで異変が起き、一時痛くて物がかめなくなった。おまけに歯茎が腫れた。あれはこれだったわけである。その時すぐに歯医者に行けばよいものを、もうすぐお正月だし、年明けでも大丈夫そうだ、というその場しのぎの考えに自分が負けた。


こうなったら一刻も早く治療してもらわなければならない。午後の予定をキャンセルして行き付けの歯科医院に急行した。幸い、恐れていた抜歯は見送りになり、当面は抜かないで治療を進めることになった。

とんだハプニングだったが、歯とか目とかは最優先事項である。だがそれにしても、大学に戻っても、何だかんだで仕事にならず、予定が半日遅れたのは痛い。


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会議は短めに

2018年01月11日

1月11日(木)

昨日からさらさらの粉雪。昨日は朝から、授業、会議、卒論指導、お昼を挟んで、会議、会議、会議で日が暮れた。覚悟はしていたが、これはちと辛い。


学長「会議はもっと短くしなければなりませんね」

私「はあ?・・・、短くする方法がひとつだけありますよ(^-^)」

学長「それはいったい何ですか(`o´)」

私「・・・・・・(゚д゚)」

学長「・・・・・・(゚д゚)」


今朝は3時過ぎに目が醒めた。これはまずいと思い、何とかもう一度眠ろうとしたが、いろいろな妄念が頭の中を駆け巡って止まない。夏場なら思い切って起きてしまう手もあるが、冬場は急に動いたりしない方がいい。何とか少し眠って、早めに曼荼羅荘を出た。

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今日は雨

2018年01月08日

1月8日(月)

今日は雪でなくて雨。その分、寒さは緩んでいる。家に帰り、泉ヶ丘駅前のショップを回って、スマートフォンの機種変更だの乗り換えだのを相談した。今のスマホが古くなって、いろいろ支障がでているためだ。しかし結局決められずに帰宅。この忙しいのに、何のためにわざわざ帰ったのか、という結果になった。

大学は明日から業務再開。あと一週間あったならと思うが、何事も待ってくれないのが人生だ。また授業、会議、会議、授業の日々が暫く続く。





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御山は冷えている

2018年01月06日

1月6日(土)

昨夜は星月夜で、冬の星座がよく見えた。今日はお日様が拝めるかと思いきや、朝から曇で、時折小雪がちらついている。薄日でも射してくれれば、積もった粉雪も少しは溶けようものを。御山はしんしんと冷えている。


紅白の視聴率が意外に低かったことが話題のようであるが、私は悪くない出来だったと思う。といっても、注視したのは登美丘高校ダンス部(最近はTDCで通じるらしい)の郷ひろみとの共演までである。大舞台にとちったりしないか、ちょっと心配だった。レコード大賞とか紅白とかの出場はこれまでのご褒美だと思って、また一から積み上げてもらいたい。と、我ながらコメントがおじさん臭い。







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すでに5日

2018年01月05日

1月5日(金)

高野山は朝から雪である。昨日自重したので、久しぶりにすっきりした寝覚め。仕事の能率も上向きになる。夕方、コンビニの前で知り合いに会った。全く予期していなかった出会いだったのだろう。先方、慌てて一言、「よいお年を」。

「この間正月を迎えたばかりだと思っていたのに、一年が経つのはほんとに早いね」とは言わず、「ああっ、明けましておめでとうございます(だよね)」と答えた。

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正月に『漱石全集』の一冊を取り出し、渡欧途中でコロンボに寄った日の日記を確認した。旅客相手のセイロン人に上手い具合にかもにされたようなことが書いてあった。ずっと前に私もデリーで似たような体験をしている。コンノートプレイスの芝生で休んでいると、耳かき屋がやってきて、奇妙な調子で歌うようにしゃべりながら、メモ帳を見せる。そこには日本語で「この人は○○さんといって、とてもいい人だ」とか何とか、詳しくは忘れたが、そんな推薦のことばが書いてあったと思う。耳かきをしてもらった記憶はないから、多分断ったのだろう。うっかりやってもらうと、今度は、これまでの日本人のお客がどれだけ気前よくお金を払ったかのリストを見せられたに違いない。単純な仕掛けである。頼まれてそんなことを書いたのは、「こいつは悪い奴だから、騙されないように気をつけろ」などとは書かない善良な日本人旅行者たちであったと思われる。

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漱石は継続的に日記を書く習慣がなかった。書いたこともあるが、それは小説の材料を探している時だったそうである。これを知ってなぜか嬉しかった。このブログも将来何かの役に立つかも知れない。



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