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Ku Kaiと西郷どん

2017年12月30日

『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を原作とする映画「妖猫伝」の邦題が「空海―Ku Kaiー美しき王妃の謎」であるらしい。何だかややこしいが、2月に封切られたら、できれば、中国人留学生たちといっしょに見に行きたいものだ。

原作者はごぞんじ夢枕獏氏。内容は氏らしい怪奇と幻想の伝奇小説であるが、「世親は実は二人いたんじゃないですかね」などという「くすぐり」もちりばめられていたと記憶する(いわゆる二世親説を踏まえたもの)。

近年、外国映画の邦題は、洋ものであれば、そのまま音写するのが主流である。例えばAvatarならば「アバター」とし、「化身」とは訳さない。中国映画の場合、「始皇帝暗殺」のようにそのまま使えてしまうものも多かろうが、「妖猫伝」では何だか分からない。かといって、「化け猫物語」では話にならぬ。今年の初夏頃だったか、新手を発見した。原題はArrival(到着)、邦題は「メッセージ」。英語を別の英語に置き換えるという荒業である。しかし、これっておかしくならないのかね。


さて、季節が一回りしたようで、来年の大河は西郷さんだそうな。前回は、といっても四半世紀近く前だが、西郷役は西田敏行氏であった。義母は鹿児島育ちなので、西田氏の薩摩弁はどんなものか、聞いてみたことがある。答は、「最初は違和感があったけど、だんだん上手になってきた」であった。さすがなものである。「翔ぶが如く」にもなかなか印象深い場面があった。例えば、小御所会議。山内容堂の長台詞は覚えていないので、その後の会話(

だいたいのところを記憶で記す)。

岩倉具視「おお、待ってたんや」

西郷隆盛「いったい、どげんしたとでごわすか」

大久保利通「土佐の容堂が酒に酔って、陰謀じゃち決めつけたため、越前侯までがその肩を持ち、会議は真っ二つに割れ申した」

(中略)

岩倉「このままではまた公家が動揺するよって、休憩にしたところや」

西郷「ほんなら、短刀一本あったら足りもんそ」

岩倉「よし、わしがやる。見よ」

この簡潔なセリフが、ベテラン俳優たちが演ずるとどうなるかは、実際の映像で確かめてもらうしかない。「西郷どん」はどうだろうか。



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バブリーダンス

2017年12月25日
12月25日(月)
23日の龍大のシンポジウムはなかなかのものだった。詳細は別に報告するとして、午前11時から午後7時までの長丁場がまったく苦にならないほどの充実ぶりだった。京都駅前での懇親会を早めに切り上げて帰途に着いたが、たとえて言えば、しわしわになっていた羽が暖かい陽光に照らされてピンと伸び、再び空を飛べるようになったような気分だった。これもランジャナさん、外川さんをはじめとする皆さんの御蔭と言っておこう。
さて、3日前までまったく知らなかったのだが、登美丘高校ダンス部のバブリーダンスがすごいことになっている(らしい)。金曜日の晩に家人に促されて歌番組で見たのが最初で、以来youtubeで何回か視聴した。一度では止めることができない魅力がある。
登美丘高校は堺市内にある府立高校で、大分前だが、一度高校訪問で訪れたことがある。ごく普通の公立高校である。それが何と…というわけで、指導者がいいのだなというのがまず思うことである。とにかく、大阪は価値観が多様な所で、時々びっくりするようなのが出てくる。大阪文化の底力である。
荻野目洋子の人気復活もこのダンス部あってのことらしく、ネットには他のタレントとの共演画像も流れている。むろんブームは一過性のものだから、浮足立たずに、高校の部活として長く続けてもらいたい。

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歳末

2017年12月19日

12月19日(火)

今月は行事が多かったせいか、ずいぶん長く感じられる。それでも、23日の龍大でのシンポジウムが終われば、風船がしぼむように年が終わってゆくのだろう。やり残したことは多いが、例年同様、課題を抱えたままの越年になる。


このところ、夜宿舎に帰って風呂に入り、テレビを点けて、1時間ばかりバラエティやドラマを視るのがほとんど唯一の楽しみである。

昨日は、昨年亡くなった近藤亨氏が「ムスタンの人々を救った偉人」として取り上げられていた。近藤氏は、下ムスタンで米を作った人として、知る人ぞ知る存在であるが、番組では、それはクライマックスに明らかにされる謎で、学校や託児所、病院などの設立が前振りとしてちりばめられていた。私もムスタンでは何度か、薬をねだられた経験がある。明らかに栄養不足の子どももよく見かけた。カリガンダキの峡谷は、毎日午後になると砂礫混じりの強風が吹きすさぶ。乾燥が強く、耕地は水の便のよい狭い土地に限られている。住民は出稼ぎが多い。そういう土地に学校を建て、子どもたちに給食を食べさせるだけでも、立派すぎるほど立派な事業である。

私は、ジョムソンの近藤氏の家を訪ねたことがある。かなり前のことなので、細かい点は覚えていないが、暗い電灯の下で、氏は日本の旅行会社の社員と麻雀か将棋に興じていた。テレビで見る通りの個性的な人物だった。

無論、番組は分かりやすく、おもしろく作られた編集物に過ぎない。その背後にどんな経験があったのか、私はそれを思いながら画面を見ていた。


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龍谷大学BARCで講演

2017年12月09日

12月11日(月)

土曜日の午後1時から龍谷大学大宮学舎の西黌2階の大会議室で、アジア仏教文化研究センター主催の講演会があり、「明治印度留学生」と題して話をさせてもらった。声をかけてくれたY永先生の他に、K先生、N仁先生も聴きにきて下さった。司会はD先生にしていただいた。1時間半の予定が15分ほど延び、最後のトピックは割愛せざるを得なかったが、自分ではまあまあの出来だったと思う。帰りに京都駅で食べた鶏天蕎麦が美味しかったのも含めて、なかなかよい日であった。


ところで、講演の時にも言われたが、今月23日にも同じ会場に行かなければならない。「日印交流における仏教」シンポジウムである。これは3月にデリーで開かれたシンポジウムの続きのようなもので、さらに大規模だ。この企画を中心になって進めたのは、東京外大の外川昌彦先生とデリー大のランジャナ・ムコパディヤーヤ先生である。私は一発表者で気楽だが、主催者側の苦労は知っている積もりである。当日よく御礼を言っておこう。

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南大阪地域大学コンソーシアム学長懇話会

2017年12月05日

12月5日(火)

昨日午後6時より堺のホテルアーゴラリージェンシー堺で開かれた南大阪地域大学コンソーシアム学長懇話会に代理出席した。その前に堺市役所内のパスポートサービスに新しいパスポートを取りに行った。そこから堺駅に隣接するホテルに行くには、高野線で天下茶屋まで行って南海本線に乗り換えるのがむしろ早いのであるが、まだ時間があったので、小雨の中、歩いて向かう。堺は、南海高野線の堺東駅と南海本線の堺駅とを結ぶ交通システムが弱い。


このコンソーシアム関連の会議に出るのは今年度2回目である。高野山大学の参加度・利用度はまだ低い。単位互換制などの利用には可能性があると考えながら帰途に就いた。

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さっきベロちゃんに会ったら、昨日高野山にフランスの女優ジュリエット・ビノシュが来たと、興奮気味に話してくれた。奈良で映画を撮っているらしい。



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密教図像学会学術大会イン高野山大学

2017年12月04日

12月4日(月)

2日、3日の2日間にわたって、高野山大学を会場校に、密教図像学会第37回学術大会が開催された。初日は研究発表、総会、懇親会、2日目の昨日は山内の見学会であった。珍しくフルで参加したのは、地元の開催だから止むを得ず、という訳ではない。最近は人付き合いと「耳学問」が大事だと感じているからである。実際、力のこもった発表が多く、刺激を受けたし、山内見学も、相当な冷え込みの中ではあったが、誠に結構なものであった。同じ高野山でも、こういうことでもなければ、観ることのできない「お宝」は多いのである。


ところで、私は2年前からこの学会の監事を拝命している。ちかごろこの学会のために何の働きもない私へのM鍋先生のおさしずである。

学会によっては、監事が総会に出席せず、事務局が代理で監査報告をする場合があり、私はかねてよりそれを苦々しく思っていた。規約でどうなっているかは知らないが、監査報告は監事がしなければだめだろう。監事を命ぜられたのを機に、私は自らこの持論を実行しなくてはならなくなった。去年が佛教大学、今年が高野山大学、来年は横浜の金沢文庫である。「喜んで」行かせてもらうことにしよう。

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